第2話 執事
舞台上の登場シーンのごとく名探偵と名乗ったマーヴェルを、まじまじと鋭い観察眼で探りながら執事のクロミズ アキラは思った。
(名探偵ね……話によると、どんな難事件も解決に導いてきた、まるで小説から飛び出して来たかのような探偵だそうだが……。まあ、あえて分類するなら、ダンディな探偵マーロウというより、どこかとぼけた刑事コロンボタイプだな)
精悍、美形とまでは言わぬとも、整った顔つきのマーヴェル。聡明な目つきでジッと見つめてくる時があるかと思えば、ボーっと何かを考えるような一瞬焦点の合わない眼と挙動をする。
(天才的な頭脳を持つ者にありがちな、会話相手を戸惑わせる特有の雰囲気だ)
執事クロミズは言った。
「さあ、マーヴェル様。船で到着なさる招待客様は、これにて全員お着きになりました。特にお持ちするようなお荷物もないようですので。早速、邸宅の方へ」
執事は身体を斜めに、既に他の客が向かっている、屋敷へ導くなだらかな道を指す。
先頭を歩くのは、中肉中背の初老、50代後半から60代の、ラフなジャケットスタイルでバッグを背負った男。続いて淡いピンクの長袖ドレスの若い女、彼女だけが比較的大荷物、キャリーバッグを曳いている。日焼けを極端に気にしてなのか、つばの広い帽子にベールで顔を覆っている。
距離を置いてドレスコードとは無縁、ポロシャツにジーンズ姿で終始うつむき加減の若い青年。探偵よりも年下と思われるのは彼だけだ。最後尾に黒いドレスで正装した老婦人。ステッキを携え歩いて行くが、意外としっかりとした足取りだ。
帽子の短いつばを人差し指でちょいと上げ、名探偵マーヴェル
「そ、そうですか、なんと僕たちが最後? これはどうもお待たせを」
「いいやんいいやん、探偵とその優秀なるキュートな相棒が最後に登場~(ハート)! 舞台としては、ばっちりやわぁ(ハートいっぱい)」
「あはははは、す、すみません! 一応これでも助手なんです。まあ僕が子守を任されてるとでも思ってください……」
「なんやってぇ! うちの方が面倒見てますよ~だ。あほ~」
「クリス! もうやめてくれ。これ以上、ふざけて華麗なる名探偵マーヴェルの登場シーンを落とすのは」
真面目な教師の前で、空気を読めずにふざけ続ける友達を、冷や冷やしながら見守ってるような気持にさせられ、タラりと汗をかく。
執事は少し目を丸くしたが、職業柄すぐ冷静な表情に戻し
「ちょっと…なまりが可笑しな気も致しますが……あ、これは失礼。主人からは、あなた様がとても優秀な方だと、十分お聞きしておりますので、その程度でご名声に傷付くことはないかと」
マーヴェルはポケットに布を丁寧に収めながら、ニコッと安堵の笑顔を見せる。その微笑みには何か人を引き付ける魅力があった。
探偵たちも、この孤島に建つ目的の邸に向かって歩き出す。
ちょっとした雑木林を抜けた300メートルほど先には柵があり、門も正面に見える。何も拒むものは無いと言わんばかりに、すでに大きく開いていて、まもなく奥に建物の影も現れてきた。
執事には当然、招待客について大まかなプロフィールは知らされていた。
お互いに会話を弾ませることもなく、それぞれ黙々と前を行く彼らの後姿を見ながら思う。
(確かに、ちょっと奇妙な探偵ではある。いわゆる興信所と言われるような調査が主の探偵では明らかに無い。しかし今回この屋敷に呼ばれた者たちを思うと……彼らこそ眞に異能の者たち、それに比べれば、優れた推理能力の持ち主など、まったく常人ではないか? ……一体全体この集いは何なんだろう? まあいい。そう深く考えるな。いつもの悪い癖だ。そうだ、私は私の仕事を全うするだけ)
そうなのだ、ここに集まった者たちはすべて奇異の者。
もちろん、クロミズ本人を含めて……。
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