第5話 なぜ主人公が異常に強いか

 転生した主人公は、主に魔法など異常に高い能力値を最初から持っています。そしてその才能を持って圧倒的な力の差で敵を打ちのめします。こういう話は読んでいて気分が良い、と感じる読み手もおそらく多いのだと思います。そういうストーリーを読みたい、という需要が今の世の中に一定数存在していると考えられます。

 一子相伝の拳法使いが 襲いかかるヒャッハーな悪のモヒカン集団を一瞬で全滅させるようなシーンは、どこか溜飲の下がる思いがします。それに似たようなものかも。



 そして、これらのストーリーは読み手が求めると同時に書き手の側も「書きやすい」ものではないかと思うのです。

 まだ能力の低い主人公が強大な敵に挑み、様々な困難に遭いながら経験値を上げ、創意工夫や努力によって最終的には相手に対して勝利をする・・・というのも王道的なストーリーです。特に往年のジャンプに連載されていた作品はこのパターンの代表とも言えるかもしれません。

 しかしこのパターンの話は、最初は弱小な主人公がいかにして強大な敵に勝つかという理由や過程を読者に十分に伝えて、かつ納得させられるようなものでなくてはなりません。弱いけどなぜか何となく勝った・・・というような陳腐な内容では面白くない以前に意味不明な内容になり、読む気もなくなるような作品になってしましいます。主人公がピンチに陥りながらもそれを切り抜け、そこを合理的かつドラマティックに描くストーリーを構築するには相当の技量と才能が必要ではないかと思うのです。読む側も、そうかそんな方法があったのか!みたいな感動を得て十分に楽しむことができると思うのです。


 それに対し、最初から圧倒的な才能を付与されている主人公が無双して敵を蹴散らすストーリーというのは基本的には作りやすいものだと思います。強いものが弱い相手に勝利することは単純明快な事象だからです。そして読み手側もそういうものを読んでスカッとした気持ちになるのだと思います。異世界転生生活ものが、自身の願望の疑似体験とすれば、こういう話の需要は多いものと予想されます。かつ供給側としても「作りやすい」ものであれば多くの作品が世に出回るのはある意味道理のあることです。需要も多く、供給も比較的容易、という構造が、今の異世界転生ジャンルの隆盛を支えてる一要因ではないかと感じました。


 「作りやすい」要因として歴史小説や他のジャンルに必要とされる時代考証的な調査が基本的に不要であることも挙げられると思います。異世界は中世ヨーロッパを基本とした世界ではあるものの実際の中世ヨーロッパではありません。その時代にない道具や習慣などを描写しても特に問題はありません。そういう世界なんだ、ということであればいいわけですし、何より実際の中世の時代にそもそも魔法など存在しません。(現代もありませんが)

 魔法についても これは作者が自由に設定をすることができます。設定のベースとなる神話や伝承などについての知識は あれば良いかもしれませんが、特になくても問題はないかと思われます。


 もちろん、だから転生ものが誰にでも書けるような簡単なもの、などということではありません。文章を書くことってやはり難しいものだと思います。頭の中にあるものを言葉にして長い文に書き起こすことって結構大変な作業です。あくまで比較的作りやすいかも、ということであり、なおかつ 平凡なストーリーになりやすそうなその条件から多くの読者を引きつけ人気作品としてヒットさせるには、むしろより一層の才能や筆力が必要となるでしょう。

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