Break3−3
夏の新作スイーツの試作品を目の前に並べて、テンは、考え込んでいた。
どれも、そこそこの出来栄え。美味しくないわけではない。爽やかな味に仕上げたし、店主の評価も悪くはなかった。
それでも納得がいかないのは、とりあえず作った、という要素がどこかにあることと、店主の表情がなんとなく良くなかったからだ。
「で?いつまでそうしてるつもりだ?リタ」
テンの正面で、椅子に座ったリタが、新作スイーツを睨むようにして黙り込んでいる。
「…………店長から出された課題を、うまくクリアできなくて」
「一応言っておくけど、新作スイーツはリタも作るんだからな」
「うぐぅー……」
言葉にならないうめき声を上げて、リタはまだ、テンのスイーツを睨んでいた。
「食べたいものを作ってみれば?」
ため息とともに、テンはリタへ一応のアドバイスを送る。
「夏に……食べたいもの……」
リタがつぶやいたとき、店の扉が鳴らす鈴の音が聞こえた。
「あ、客が来た!」
言いながら、リタはもう厨房の扉を押し開けていた。
「いらっしゃいませー」
その声音が、リタの笑顔を表している。
テンは、再びため息を付いた。
「あれは、才能だな……」
試作品を冷蔵庫に入れて、テンも厨房を出た。
店主の奏でるギターの音が店のBGMになっていた。つまり、サボっている。テンの口からため息が溢れた。
リタは、カウンター席の客との会話を楽しんでいた。
いつもの光景ではある。
支払いに対応し、再度カウンター席を見て気がついた。リタが話している客は、リタが「来ない」と気にしていた客だ。
この店には珍しい年代の客で、常連になりつつある。
「(広場でこの店をチラチラ見てた客だよな)」
気になるのか、店の方を見ながら、おそらくは昼食を買っていた。あのときは、ここは、そんなに入りづらい店なのかと心配になった。
リタは、すでに親しく話をしている。
リタは、人との距離感を知っている。客との距離感、友人との距離感、家族の距離感。その時の、その人との距離感。
そもそも魔術を使えることを知られてはいけないことがあるテンは、無意識に人との付き合いを避けるようになった。会話も、信じている人とだけで、あとは必要最低限だ。
そんなことをしているうちに、客と店員の距離感すら、うまく取れなくなった。
リタがテンのそばにやってくる。
「楽しそうだな、リタ」
「仕事はしてるって」
「言葉のとおりだ、嫌味じゃない」
淡々と応えるテンを見て、リタは半ば諦めたように笑った。
「なら、微笑んでもらっていいですか?テン?」
「俺にそれを求めるなよ」
愛想笑いでいいのに、とリタが独り言のように言った。
「客とのコミュニケーションは、リタに任せるよ」
「俺より人気者のくせにぃー」
「それ、お前が言ってるだけだろ」
テンの見解は、リタには納得できなかったようで、不満といかにテンがカッコいいのかを述べている。テンは、それを聞き流しながら客の様子を観察する。
「(あれ?)」
カウンターにいる客――――先程までリタと話をしていた女の子――――は、手元に本を広げているが、視線は本にない。要するに、心ここにあらず。つい先程まで、楽しそうにリタと話をしていたのに。
少しだけ、それが気になった。
その客は、一時間ほど店で過ごして帰っていった。
次にその客を見たのは、二日後だった。
店の前の噴水広場。テンは、噴水を眺めて座る彼女を見つけ、足を止めた。買い出しが終わったところで、食材を入れた袋を両手に抱え、どちらかといえば、さっさと帰りたい。それでも足を止めたのは、あの客があの日と同じに、やはり、心ここにあらずといった顔をしていたからだ。
テンは足を進めた。店ではなく彼女の方へ。
声が聞こえるだけ近くに来て、テンは後悔した。何と言って声をかけたらいいのか、全く考えていなかったからだ。
そもそも彼女が自分を認識しているのかも怪しい。リタならともかく、声をかけたこともないし、店でも彼女の会計をしたこともない。注文の品を運んだこともない。
レオンのときのように、向こうから声をかけてくれはしないだろうか、と考えていて眉間にシワが寄った。
ため息を一つ。
テンは、諦めて声をかけた。
「……こ、んにちは……」
彼女は、驚いた顔をしてテンを見た。当然だとテンは思っていた。彼女にとっては、知らない人に等しい。
「あ、こんにちは……」
戸惑う彼女の顔を見て再び後悔しながら次の言葉をさがしていて、いつも手にしている本が目についた。
「それ、俺も読んだことある。まだ学校に行ってたとき」
「え?あ、これ……」
「店でも、それ読んでた?」
「お店……?」
「Rufellvia」
テンが店を顎で示すと「あぁ!」と声があがる。テンが誰なのか、ようやくわかったらしい。
「お店にいるときも、読んでました。図書館よりも不思議と集中できるので」
「ギター、うるさくないの?」
「そんなことは。静かすぎないので、私には丁度いいです」
「ふーん……あの日、店長がギター鳴らしてたから本を読めなかったのかとおもったんだけど、違うのか……」
「え?」
「ページめくらないまま、ボーッとしてたから」
彼女は、店に行ったときのことへ記憶を巡らす。どの日なのかを思い出すより先に、その理由を思い出した。
「あ、いえ……店長さんは関係なくて。あの……リタさんがせっかく話しかけてくれたのに、私、うまく雑談にのれなくて。……気を、遣わせてしまったかなって……」
苦笑いを浮かべる彼女を見て、テンはあの日のリタを思い出してみる。テンから見れば、リタは本当に楽しそうに客を相手にしていた。そもそも、リタはいつも楽しそうに客の相手をしているのだ。
しかし――――とテンは考えた。もしかしたら、テンにそう見えていただけで、本当は作っていた笑顔だったのか。
視線を宙にやって思案を巡らせる。
「…………気は……遣ってない、と思う……」
いくら考えても、あの笑顔は間違いなく楽しんでる笑顔だ。
「それなら、いいんですけど」
こんなとき、店主のようにうまい言葉が見つからない。
自分の知っていることしか言えない。
「俺も誰かと会話するのが苦手だ。でも、無理することないって店長には言われてる」
彼女は、興味深げにテンを見上げた。
「克服、したいですか?」
「いいや。まあ、会話できるに越したことはないけど、話せないわけじゃない」
「……私は、克服したいです。沈黙が怖くて。つまらないと思われてないか、心配なんです」
「優しいな。一緒にいるやつを楽しませたいのか」
「楽しませたい、というか、楽しかったって思ってもらえたらいいなって」
「ふーん……」
そんなことを考えていた事もあった。ずっと昔、両親に。もう、そばにはいない。
「リタと同じだな」
「え?」
「あいつも、店に来た客に楽しんでもらいたいだけだ。会話そのものが、目的じゃない。適当に相手してやってくれ」
彼女は、優しく笑った。
「はい……」
「夏のコーヒーも、そろそろできると思うから」
テンは、店にもどった。
勝手口から中に入ると、リタのおしゃべりの声とギターの音色が聞こえた。いつもの店の音だった。
テンは大きく息をついた。ため息なのか、ホッとしたのかわからない。おかえりとかけられた声にそっけなく答えて、荷物を片付ける。
カウンター裏のスペースに片付けるものを取り出していると、リタが隣にやってきた。
「テンにしては遅かったじゃん。どうした?」
「ん?あー……寄り道」
買ってきたものを二人で片付けていく。
「夏のデザート、決まりそう?」
「んー……あと、もうひと押し、って感じかな」
テンが答えると、リタはため息を付いた。
「コーヒー苦戦してるんだって?店長が言ってた」
「テンはこういうの苦戦してるイメージないな。発想力が違うっていうか、いつの間にか、すごいの作ってる」
「……俺は、コーヒーを任されなかったけどな」
店主への不満を隠しもせずにそう言うと、少しの間のあと、リタが小さく吹き出した。
「テン、そんな事考えてたの?」
「なんだよ、ここはコーヒー店なんだぞ?」
「じゃあ、俺達は二人で店長一人分だな」
リタの見解に、テンは奥でギターを弾く店主へ視線をやった。
「……遠いなぁ……」
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