Break3−2
この町には、小さな噴水広場があって、華やかで賑やかな店が並ぶ。その中にある控えめな外観のカフェが、リリーの最近のお気に入りだった。
華やかさはないが、落ち着きがあってつい長居したくなる。
コーヒー豆やコーヒー器具の販売もしているので、店の中は焙煎した豆のいい香りが満ちている。
店員は三人――――若い男の子の店員が二人と大人の男性店員が一人。大人の男性店員は、おそらく店主。気がつくと店の奥でギターを弾いている。若い男の子は、リリーと同じくらいの年代で、一人は愛想はないがきれいな顔立ちをしていて、もう一人は、愛想のいい可愛い顔をした店員だ。
店の名前は
そこへ行くのが、勉強と研究の合間の息抜きだった。
リリーは、ため息を付いて学校をあとにした。
西の空に夕焼け、カフェはもう閉まっているだろう。開いていたとしても、今から行って閉店に間に合うとは思えない。
しかたないと、コーヒースタンドに立ち寄りカフェラテを買って、噴水広場に向かう。
せめて、息抜きだけはしたい。
夕暮れの噴水広場は、昼間とは違う賑わいと雰囲気がある。
オレンジ色の明かりが優しく広場を照らし、少しだけ闇を広げる空との対比が美しい。
リリーは、夕日が輝く空を眺められる場所にあるベンチに座った。ゆったり二人が座れる横長の形で、真ん中に仕切るようにしてアームレストがある。
カフェラテを口にして、ホッと息をつく。
広場のベンチは、どれにも必ず誰かが座っていた。それぞれが自由に時間を過ごしている。眺めていると、リリーは、心がほぐれていくのを感じた。同時に、どれほど緊張をしていたのかを知った。カフェに立ち寄れたら、もっと良かった。
「こんばんわ」
横から男の人の声がして、リリーは驚いて振り向いた。アームレストの向こう側に、人懐っこい笑顔があった。
あのカフェの店員だとすぐに気がついて、「あ」と声を上げた。
タレた目とその笑顔は、愛想のいい方の店員だ。
「……こんばんわ」
「今帰りですか?」
「はい。そちらも、ですか?」
「はい!今日は、ここでゆっくりしていこうかなぁって。夕焼けがきれいだし」
店員の視線が、リリーの手元に注がれる。
「無糖のカフェラテ、ですか?」
透明カップではない、自分のタンブラーで中身は見えない。驚いて思わず彼を見ると、きれいな顔がそこにあって、恥ずかしくなって顔をそらした。
「なんで、分かるんですか?」
「いつもそれですからね」
「お、おぼえてるんですか?」
「俺はね」
リリーの口元に目元に、笑みが浮かぶ。
「すごいですね」
リタはそれを聞いて、嬉しそうに笑った。
真っ直ぐに夕焼けを見つめる瞳は、キラキラと輝いている。
リリーは、思わず見とれた。
店員が口を開く。
「今日は、嬉しいことが多かったな」
少しタレ気味の目尻が、嬉しそうに更に下がる。
「そうなんですか?」
応えると、店員はその嬉しそうな顔をリリーへ向けてきた。
「店長にね、夏のフレーバーのコーヒーを作ってみるか?って。そういうの任されると思わなくて」
「すごいじゃないですか」
「だよね?!スイーツはテンのほうがすごいし、コーヒーじゃ出る幕がないって思ってたけど、店長のそういうとこが好きなんだよなー」
「尊敬されてるんですね」
「まぁね」
嬉しそうな顔が、誇らしげに変わる。
「それで、夏のフレーバーはできそうですか?」
「それがねー……難しいんだー。どれも違うみたいに感じるし、どれもそれっぽくも感じるし」
「……夏、ですか」
「夏はスキ?」
「え?あー……嫌いじゃないですけど、暑すぎるのは、ちょっと」
リリーは、苦笑いを浮かべた。
「夏のうちに必ずつくるから、飲みに来てくださいね」
「はい、ぜひ」
店員はリリーの返事を聞くと立ち上がり、グッと伸びをして、向き直った。
「それより美味しいカフェラテ作るので」
「あ、はい」
ちゃんとアピールする店員を、かわいいとリリーは笑った。
「それじゃ、ごゆっくり」
店員が広場をあとにするのを見送って、リリーはタンブラーのカフェラテをゆっくりと味わいながら、先程より少しオレンジの明かりが目立ち始めた広場を眺めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます