Break3:かわいこちゃん
噴水を円形に囲むように広がる店が、どれもカラフルで愛らしいのは、目立つためだ。注目してもらうための外観。その中にあって、地味な外観の店――――それが、
店主に言わせれば、外観は店を表しているのだから、これで正解らしい。
売っているのは、コーヒー豆、コーヒー器具、それから、おまけのスイーツだ。
よく来る客の年齢層は高い。
リタは、カウンターキッチンから小さくため息を付いた。耳まで覆うサラサラのショートヘアが、ため息に合わせて揺れた。周囲からチャームポイントだと言われているタレ目がちな大きな瞳は、今は伏せられている。
「おつかれ」
店主の声にリタが顔を上げると、グラスに入れたアイスコーヒーを差し出している。気遣いに笑顔がこぼれた。
「ありがとうございます」
「疲れたか?」
外は眩しいほどの日差しで、噴水の水が、キラキラと輝いている。
今は、暑い季節の只中なのだ。
「ぜーんぜん!」
笑顔でそう答えると、リタはアイスコーヒーにミルクを注ぐ。
「ただ、最近あの子来ないなぁーって」
「あの子?」
「ほら、学生っぽい感じの子で、たぶん学校終わりだろうなぁって時間にカフェラテ飲みに来てた子」
店主は、説明をされても思い当たらないというような顔をしている。
店は繁盛してないわけではない。
豆もカフェも固定客がいるし、噴水広場という立地から、新規で入ってくる客もいる。
しかし、店の外観は実に控えめ。興味があっても入ってくるのに勇気がいるだろう。
「学生なら、試験とか研究とか。忙しいんじゃないか?」
「そうですかねー……」
「そのうちまた来るだろ」
「だといいんですけどねー……」
「気になる子だったわけか?」
からかうでもなく、店主が訪ねた。
「だぁって、珍しいじゃないですか!この店にあの世代の女の子が来るなんて!」
力説するリタの姿を見て、店主が笑う。
「お前は、本当に客をよく見てるよな」
分析力があると、店主はニコニコしている。
店主はこうして、自然と嬉しい言葉をくれる。本人は無自覚のようだが。
リタの幸せな瞬間なのだ。
「二人が気にしなさすぎなんですよ」
自然と笑みが溢れる。にまにましながらアイスコーヒーを飲んでいると、店の扉が鈴の音を鳴らした。条件反射のように顔をそちらに向けて「いらっしゃいませ」と声をかけると、入ってきたのはテンだった。
「あれ?どうした?」
リタが、不思議そうな顔をした。いつもなら、勝手口を通るからだ。
「なんとなく……」
それだけ返して、テンはカウンター裏に入ってくる。
「おかえり」
店主が声をかける。テンは、動きを止めて店主へ顔を向けて、小さく「ただいま」と返した。
リタはそれを見て、またにまにまと嬉しそうに笑った。
「なに?」
テンが訝しげな顔をしてリタに聞いた。
「ん?」
リタは、何を聞かれたのかがわからなかった。
「いや、なにニヤニヤしてんだよ」
もう一度聞かれて、リタは更ににまにまと嬉しそうに笑った。
「幸せを噛み締めてたところー」
答えても、テンにその意味は伝わらなかった。眉間によったシワは緩むことはなく、より訳がわからないという顔をした。
「わからなくていいの。俺は幸せなんだから」
「はいはい」
「テンは夏のデザート?」
「あぁ。夏の新作の試作」
「新作?!」
「そう。昨日話しただろう?」
「いや、話したけど……早くない?」
「思いついたから。店長、できたら試食して?」
店主の返事を聞いてから、テンは、厨房へ入っていった。
リタは、揺れる厨房の扉をじっと見つめていた。
「リタ」
店主に名前を呼ばれて、我に返り、リタが振り返ると、ギターを片手にした店主が店の奥の席へ移動するところだった。
「夏用のコーヒーを淹れてみるか?」
「え?」
「リタが豆を選んで、ブレンドしてみろ」
「お、俺が……?」
「リタのイメージする夏の香りを作ってみろ。大丈夫。リタなりのイメージでいい」
緊張と興奮とか、同時に湧き上がってくる。リタは、口元が緩むのを感じながら、元気よく返事をした。
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