Break2:ミエナクテ

 街の噴水広場にある、控えめな外観のコーヒー店。有名ではないが、知ればなぜか通ってしまう不思議な魅力を持つ店だった。

 濃い茶色をした厚い木の扉を開けると、明るい声で「いらっしゃいませ」と迎えられる。主に、大きな目をした人好きのする店員が相手をしてくれた。目尻が若干たれているのが、この店員のチャームポイントだが、本人は気にしているらしかった。そこを褒められると、よく困った顔をして笑っている。

 彼の名前はリタといった。

「いらっしゃいませ。ご注文は、何にしましょうか」

 客が一人、カウンターに席をとった。

「あー……カフェオレを」

「ホットとアイスがあります」

「ホットで」

「承知いたしました」

 リタがもう一人の店員にオーダーを通す。

 しかし、そのもう一人がいたのは、店の奥のテーブル席だった。

「あぁ」

 低い聞き心地の良い声で、短くそう答えると、彼は持っていたギターをそこに置いて、豆が入っている樽の前にやってきた。

 彼は、ここの店長だ。背が高く、癖のある髪をしていて、まるでモデルのような容姿をした男だった。

 彼の淹れるコーヒーは、不思議と心を軽くしてくれる味がする。

 それも、この店の魅力だった。

 客は、鞄から本を取り出し、ページを捲った。今、客は他にいない。話す声もなく、店主のギターの音色もなく、静かな時が流れていた。

「おまたせしました。ホットのカフェオレと、あと、こちらおまけです。よかったらどうぞ」

 カフェオレと一緒に差し出されたのは、小さな皿に乗せられたクッキーだった。

「あ、ありがとうございます」

 一度本を閉じて、カフェオレとクッキーを受け取る。

 客は、クッキーをじっと見つめたあとで、ひと口齧った。

「どうですか?」

 伺うような声に、客は驚いた顔をして声の主を見た。

 直後、吹き出すような笑い声がした。

「リタ、圧がすごいぞ?」

 吹き出したのは、リタの隣りにいた店主だった。

 リタは、困ったような顔をしている。

「だぁって〜」

 戸惑うばかりの客が、答えに困っていた。

「すいませんねぇ。別に深い意味はないので。味を聞いているだけで」

「えっと、あの……美味しいです。コーヒーを飲みたくなる味ですね」

 客の答えに、リタの表情はパッと輝いた。

「ありがとうございます」

「よかったな」

 店主が頭をぽんぽんと撫でると、それは嬉しそうな顔をして笑った。

 その様子を見ていた客が、遠慮がちに声をかけた。

「あの、もしかしてあなたが作った、とか、ですか?」

「はい!あ、……カフェオレ、冷めないうちにどうぞ……」

 我に返ったリタが、恥ずかしそうに笑ってそう言うと、厨房へと消えていった。

「すごいなぁ。生きる道を見つけてるような感じが」

 厨房への扉を見つめて、客は小さくこぼした。

 店主は、それを聞き逃さなかった。客へと柔らかに微笑む。

「カフェオレ、冷めないうちにどうぞ」

「はい……」

 客が、カフェオレを口にする。ひと口飲んで、ホッと息をつく。

 カフェオレの入ったカップを見つめて、ふと表情を緩めると、彼はもう一度ため息を付いた。肩の力を抜くような、そんなため息だった。

 カランと扉についた鈴が鳴る。

 今度は、鈴の音と同時に声がした。

「店長さん、います?」

 店主は、入ってきたよく知る顔を、困ったような笑みで迎えた。

「今日はどうした?シディア」

「手は煩わせないんで、知恵を貸してください」

 シディアと呼ばれたその客は、入ってきてまっすぐにカウンター席に座った。

「金を払ってくれるなら、手を煩わせてくれて結構だが?」

 店主は、メニュー表をシディアに手渡した。

「もちろん、コーヒーはいただくつもりでしたよ」

 失礼な、とシディアはむくれている。

「はいはい、悪かったよ。ご注文をどうぞ」

「おまかせブラックで」

 そう答えるシディアはもう笑顔になっている。

 カフェオレを飲みながら本に目を落としていた客は、聞いたことがある「シディア」という名を頭の中で反芻していて、思い出したと顔をあげた。

「……シディア?」

「え?」

 まさか、ここで声をかけられると思っていなかったのだろう。シディアは、客が呼び掛けた声に目を丸くして驚いていた。

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