Break1−2

 あの男、レオンはこの街で、陶芸をしている。

 Rufellviaルフェルビアが定休日の今日、テンは、海沿いにある彼の工房に来ていた。

 ここに来るのは、初めてだった。彼の作ったものを置いている店には、顔を出したことがある。店主が、以前テンを連れて新しいカップを探しに訪れた店がそれだった。

 店主は、おそらく、わかっていて店を訪れたのだ。

 購入したのは別の作家のものだったが、彼の作品も、手にして眺めていた。

 テンは、時々店主がわからなくなる。

 レオンは、店主のことを傷つけた。あの事件直後は、あんなに機嫌が悪かったのに、今はレオンの存在をすっかり認めているように見える。

 今日、ここに来ることになったのも、店主に言われたからだ。

 潮の匂いがする。

 テンは、思い切り吸い込んで、吐き捨てるようにため息をついた。

 来たくて来たのではない。店主に言われたのでなければ、休みの日に、わざわざ嫌な人間のところに来ない。

 ――――木を隠すなら、森。

 その言葉は、店主の口からこぼれたものだが、レオンもそれを無意識に承知していたのか、工房は、白い家の並ぶ中にあった。

 ここは、通称アートストリートと呼ばれている地区だ。芸術を愛する者たちが多く住んでいる。

 もちろん、そうでない昔から暮らす住人もたくさんいる。

 テンは、海に向かって開いている入り口の前で立ち止まった。

「こんにちは」

 中へ声をかけると、入り口を正面にして作業をしていたレオンは、手を止めて顔だけを上げてテンを見た。

「いらっしゃい」

 ニコリと笑う顔は、以前より胡散臭さがない。

「入って」

 そう言って、レオンは作業を再開させた。

「ちょーっと待っててくれる?これもう少しで終わるからさ」

 真剣な眼差しと楽しげな表情は、成形が終わろうとしている土へ向いている。

 店主もそうだが、彼も端正な顔立ちをしてるせいで、静かにしている姿はまるで絵画だ。

 眺めていても面白くないので、彼の作業が終わるまでアトリエ内を見て回った。それほど広くない室内に、いくつかの棚やら専用の道具やら色々置かれている。棚の一つには、窯へ入れられるのを待つ作品が並んでいた。

「アクアさんから聞いてるよ」

 作業が一段落ついたレオンが言った。

 アクアというのは、店主のことだ。前は、「店長さん」だったのに、いつの間にか名前で呼んでいる。

 しかし、テンは知っている。この男は、今のところ店主との距離を縮めるつもりなどない。

 胡散臭さは軽減されているが、結局のところ、何を企んでいるのかさっぱりわからない。

「テンくん、なにか悩み事?」

「……別に。店長が、行って来いっていうから」

 レオンは、一拍の間のあと、小さく吹き出した。

 正直に答えたのに、笑われるとは心外だと、テンはほんの一瞬、眉をひそめた。

「なんで笑うの?」

「いや。嫌いなやつのところに、アクアさんの言いつけっていっても、休みなのにわざわざ来るところが、君たちだよねー」

「上司だから」

「なるほど」

 納得をして、レオンは、奥の部屋へと踵を返した。

「お茶を入れてこよう。君たちほど美味しく淹れられないとは思うけど」

 少しして、奥からレオンがテンに声をかけた。

「扉を閉めて、こっちに来てくれる?」

 言われたとおり、玄関の扉を閉めて、奥の部屋へと向かう。テンは、一度玄関扉の横にある窓を振り返った。

 白い木枠の窓から、青い海が見える。

 少しだけ見つめて、それから奥の住居スペースへ足を運んだ。

 キッチンとダイニング、リビングを一つにした広い部屋。隣にもう一つ部屋がある。

「どうぞ」

 促されるまま、部屋の右手に置かれたソファーに座る。

 テーブルに紅茶ポットとカップが置かれた。

 レオンは、ソファーのそばに置いてあったオットマンに腰を掛けた。

「陶芸が、あんたのやりたいこと?」

「今現在は、そうかな」

「今現在?」

 不思議そうなテンを見て、レオンが笑う。

 カップに紅茶が注がれて、香りは更に、室内に広がった。

「魔術を扱える者は、保護対象だ。希少だからね」

「……知ってる」

 不機嫌な声で、テンは、小さく応えた。

「加えて、ここは国の首都。すぐそこに、魔術師を統括する、いや、捕まえておく場所がある。俺たちはね、いつ捕まっても不思議じゃない」

「それを身を持って知ってるやつの生活とは思えないけど?」

「君のおかげで、束の間の自由を得たんだから、満喫しないと。ほら、紅茶が冷めるよ?」

 レオンをじっと見たあとで、テンは、カップを手に取り、彼が淹れてくれた紅茶を口にした。

「……ねぇ、魔術を持って、良かったと思ったことある?」

 テンが尋ねると、レオンはふっと小さく笑った。

「小さい頃は、楽しかったかな」

「俺も」

「親が知って、その怯えたような反応に、おかしいと思い始めて」

「そうだな……」

「保護されて、この力を呪ったよ」

「俺は、あんたに会って、実感したんだよ。魔術を持つ恐ろしさを」

「恐ろしいのは、魔術じゃない。それによって、傷つけたり傷つけられたりするのが怖いんだよ」

 怯えているのは、また、独りになること。それによって、犠牲になってしまう人、傷つく自分。

「魔術を扱える、扱えない以前に、人生には限りがある。どうせなら、楽しくいきたいじゃない?」

 レオンの言葉を聞いて、テンは店主の言った「覚悟」の意味を少しだけ理解した気がした。あのときは、のんきな店主に呆れたけれど、今なら、少し納得できる部分もある。

「覚悟、か」

 テンが、独り言のようにつぶやいた。

 レオンは、それを聞いて、柔らかく微笑んだ。

「テンくんは、やりたいこととかないの?」

「……Rufellviaルフェルビアで働く」

「あはは!なるほど。それから?」

「店長に、新作を認めさせる」

 眉間にシワを寄せて、テンは紅茶を口にした。

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