Rufellvia2
Break1:その時まで
魔術師は表向き、「保護」の対象――――ずっと言われてきたこの言葉の真意を自覚してから、テンは、ますます無口になっていた。
アルアの街、噴水広場を囲むカラフルな店の一つに、ひっそりと控えめに建つ店があった。
濃い茶色の木の扉と広場に向かって二つの窓があり、オレンジ色の明かりを灯すランプが、扉横に添えられた店だ。
店の名前は扉に刻まれている。
店では、コーヒー豆と珈琲を入れるための道具を売っている。そして、店のカウンターとテーブル席では珈琲やスイーツが楽しめる場所だった。
そして、少しのギターの音色も。
店の扉を開ければ、愛想のいい店員が迎えてくれる。リタという16歳の少年で、タレ目を気にしているが、そこが彼のチャームポイントだと周囲は承知している。
珈琲を淹れるのは、無精髭と伸びかけで少し癖のある栗色のショートヘアの店長だ。琥珀の瞳と細身で長身、まるでモデル並みの容姿をした男。
店は、朝のカフェタイムを過ぎて、落ち着いてきたところだった。
客が引くと、店主はすぐにギターを手にとって店の奥のテーブルに落ち着く。そこでギターを弾いて過ごすのが、習慣となっていた。
店の扉がリンと鳴る。
リタが笑顔で扉を振り返り、やってきた客を迎える。
「いらっしゃいまー……せ」
しかし、入ってきた客を見て、あからさまに嫌そうな顔をした。
入ってきた客は男性。肩にかかる波打つ髪と、大きな目が印象的な男性だ。
「笑顔で迎えてくれる日は来るのかなぁ、ねぇ、リタくん」
客が困ったように笑ってカウンター席に座ると、リタがメニュー板を差し出した。
「ウソでいいなら笑いましょうか?レオンさん」
「今、ウソはいらないかなぁ。気長に待つとしよう」
彼の名前は「レオン」。数週間前まで、国に「保護」されていた魔術師だった。
数週間前、店主に、正確にはかつて店主が一緒にいた魔術師に恨みをもってやってきた彼は、店の前の噴水広場で、店主とそれからテン相手に激闘を繰り広げたのだ。
店主は、それで命を失うかもしれなかった。
よって、彼は、この店に歓迎されていない。
しかし、そのできごとを知るのは、店主、テン、リタ、そしてテンとリタの友人・シディアの四人だけだ。
あの日のことは、テンが忘却の術を使って皆の頭からは消し去ってしまった。
「ミックスサンドと、おすすめコーヒーください」
「はーい」
メニュー板を受け取って、リタが店主を呼ぶ。
店主は、のんびりした動きでギターとともにカウンターに戻ってきた。
「いらっしゃいませ」
リタとは違い、店主は他の客と何ら変わらない笑みを浮かべてそう言った。彼の優しさと自信とが滲み出る笑みだ。
「どうも」
レオンが笑みを返すと、店主は、困ったように笑った。
「どうして、こうも捻くれたやつが多いかねぇ?」
聞こえるように呟いて、店主はコーヒー豆の前に立った。やがて、カウンター席の向こうに入ると、コーヒーを淹れ始める。
店主は、客を見て、その人に合わせた香りや味のコーヒーを選んでくれる。
メニューの中のおすすめコーヒーが、それだ。
コーヒーが出来上がるまでの間に、リタがサンドイッチを作る。
「今日はテンくんいないの?」
客が自分一人になった時を待って、レオンは聞いた。
「奥にいますよ」
リタがそう答えて、厨房に通じる後ろの扉を指差した。
「新作スイーツの試作中です」
「試作品かぁ。楽しみだな」
「何をのんきに……。あいつ、あれから益々人見知りになっちゃって」
「こんな国の中心地で、しかもすぐそこに本部があるにもかかわらず、人懐こく過ごしてたら、その方が問題だよ。今までがのんきすぎなの」
「まぁ、そうとも言いますけど」
「ほんと、よく見つからなかったよね」
呆れたようなレオンの言葉の後に、コーヒー独特の香りが近づく。
「木を隠すなら森、灯台下暗し、あんたが恨んでた人の言葉です」
レオンの前に、サンドイッチが乗せられた木製の皿とソーサーに乗せられたコーヒーカップが置かれる。
レオンが見上げると、店主は楽しげに笑っていた。
「人生の先輩の意見は、従わずとも尊重したほうが身のためだ、とも言っていた」
「…………なるほど」
少しの間考えたあと、レオンはクスクスと笑った。
厨房の扉が開く。
ケーキやらムースやらが乗った大きめのプレートを片手に、無表情のままテンが姿を現した。
「店長、チェックして」
「その前に、客にいらっしゃいませだろ?」
テンは嫌そうな顔を隠しもせず、店主を見上げた。店主はいつもの穏やかな笑顔でテンを見ていた。店主のこの態度は、経験上、テンが「いらっしゃい」を言うまで、試作品のチェックはしない。
「いらっしゃいませ……」
渋々挨拶をして、不服げに再度店主を見れば、手にはフォーク。何食わぬ顔をしてトレーの上のケーキを一切れ口にした。
テンが黙って見上げていると、店主は、少し上を向いて考え込んだ。
「どう?」
「ちょっと、さっぱりしすぎじゃないか?もう少し甘さがあってもいいような……」
「爽やかなものって言われたから。んー……」
テンは、ケーキをじっと見つめた。
「ヒントはいるか?」
店主はそう聞きながら、返ってくる答えがわかっているようだった。
「大丈夫。今日中にもう一回試させて」
「店の仕事も頼むぞ?」
「わかってる」
テンは、厨房に引っ込んでいった。
店主はそれを楽しげに見つめてから、カウンター席の方へ向き直った。
「研究熱心ですねぇ」
厨房の扉を見つめて、しみじみとレオンがつぶやく。
店主は、キッチンスペースにある丸椅子に腰掛けた。
「ウチの教育方針なんで」
「ただSなだけでしょ?」
綺麗にまとめた店主に、リタが不満げに口を挟んだ。
「コーヒーとスイーツのことは、本当に教えてくれないんだから。ヒントとか言ってますけど、抽象的すぎるんですよ、この人のは」
レオンは、リタの不満を微笑みを浮かべて聞いていた。それが、店主の愛情だとわかるまでに、この二人はどれだけの時間を要するのだろう。それが愛情だとわかったときに、二人はどんな表情をするのだろう。その時も、ぜひ立ち会わせてほしいものだと、レオンは考えていた。
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