夢-3

「そういう台詞は、俺に剣で勝ってから言え?」

 勝ち誇った笑みで、カプリシオを見下ろす。

 カプリシオは、悔しげに舌打ちをして、大の字に寝転がった。

「……だから、どうしても……この使命だけは果したかったんだ」

 吐き捨てるように、カプリシオは言った。

「そんな意地で来たのかよ。っていうかさ……」

 カプリシオに剣を突きつけたまま、ゼンは、呆れたように、後ろの三人を振り返った。

「何で、お前らは逃げないわけ?!」

 タスクとアクアは、今気がついたと言うように、小さく声をあげた。

 クロキは、顔色悪く、ただ、そこに立っていた。

 アクアが、申し訳なさげに口を開く。

「だって、生じゃ、滅多に見られないし」

「……俺が言うのもなんだけど、危機感を持て、お前らは!」

「ゼン、自分で言ったんでしょ?俺に勝てる奴はいないって」

 怒ったような、アクアの口調。

 ゼンは、呆れかえって返す言葉もなかった。

「ゼン、知り合いなの?」

 離れた場所から問い掛けるアクアに、もはや、不安も緊張感も、ましてや危機感などもない。あるのは、いまだに雪の上に倒れ、天を仰ぐカプリシオに対する興味だけ。

「今朝、そう言っただろうが」

「いつから?だってその人、王様の傍で働いてるんでしょ?」

 国が違えば、制度も違う。

 ここは王制ではないとはいえ、それが国で一番高い位の人であることくらい、アクアだって知っていた。

 ゼンの位は、彼よりずっと格下であることも、理解できている。

「こいつは、俺と同郷なんだよ。一緒に、兵士登用試験を受けて、成績は俺の次。それからも、同じとこにいる間は、何回か剣を合わせた事があるんだけど、俺に勝てたことがないんだよ」

「ゼンの次?勝てたこともないのに、何で、王様の傍で働けるの?」

 分からないと、アクアは、首を傾げた。

「こいつが、さっき言っただろ?」

 ゼンは、言葉を濁した。

 すると、カプリシオが、ゼンを睨みつけて口を開いた。

「切ったことがないんだ、ゼンは。捕える、打ちのめす、守るためだけに振るい、命令に背いてでも、絶対に殺さない。口が上手いから、領地じゃ、高い地位にいるけどな」

 説明に乗じて憎まれ口を叩くカプリシオを、ゼンは、苛立ちを露に見下ろした。

「口が上手いって、それだけみたいにお前……」

「さっきから、こいつとかお前とか、誰に向かって口を聞いてる?俺は、王の側近でもあるんだぞ?」

 ゼンは、勝ち誇った顔で笑い飛ばす。

「たった今、俺に負けたカプリシオ様にだよ」

「そんな態度だから、お前は……。今度の命令に背いて、どうなると思ってる?ルフェリアは、国の脅威だ。その力は悪魔の力なんだぞ?一番傍にいたゼンなら分かるだろう?」

「あぁ、一番傍にいたから分かるさ。ルーの力が悪魔の力なんかじゃなくて、ただの魔術の一つだってことも、国の脅威になるほど、簡単に、人を信用したりしないこともな」

 ゼンの瞳は、真剣味に、そして哀しみに満ちていた。

「いいか?カプリシオ。ルフェリアは諦めろ。俺だって最初は、人の望みを叶えるなんて、すげぇ力だって思ったよ。神様みたいだってな。だけど、その力のせいで、こいつは散々、人の嫌なとこばっか見て生きてきたんだ。人の欲深さと醜さを」

「命令を利用して、ルフェリアを見逃すつもりなのか?今度は、どう言い訳するつもりだ?」

 カプリシオの声音は、ゼンを案じているように、後ろの三人には聞こえた。

「心配しなくても、そこはちゃんと考えてある。カプリシオ……諦めろ」

「どうしてそこまで……」

「ルーの、希望の場所だからだよ。ここは、あいつにとって、どんなに人に愛想を尽かしても生きてきた、その理由だから。最期にやっと、人間だってそう悪くないって思えたんだ。それを、思い出せたんだ。……頼む、カプリシオ」

 ゼンの、必死な言葉、決意と真剣な眼差し。そして、黙った時の、グッと奥歯を噛みしめ、涙を堪える表情。

 カプリシオは、天を仰いで、ため息をついた。勝ち目など、やはりないのだ、と。

「わかっ……」

 答えようと、カプリシオが口を開いた時だった。

「クロっ」

 アクアの悲痛の声が、辺りに、小さく響いた。

 ゼンが振り返ると、雪の道に両膝をつく、クロキの姿があった。

 二人は、剣を収めて駆け寄る。

 アクアが、クロキの体を支えるように、彼の顔を覗き込み、必死に名前を呼んでいた。

「クロッ、クロ!」

 白いクロキの顔は、更に白く、血の気がない。

 ぼんやりと宙を見つめ、弱々しい呼吸を繰り返す。

 アクアは、哀しげな表情の中に、強い決意を覗かせた。

「やっぱり、俺、その力もらう!そしたら、あと二十八日間は、傍にいてくれるでしょ?そしたら、もっと、いっぱいギター教えてくれるでしょ?」

「……それは……ダメだと言っただろう……」

 力のない瞳で、クロキは、アクアを見た。

「クロキさん」

 タスクが、クロキの前にしゃがみ込んだ。穏かに微笑んで。

 クロキは、アクアからタスクへ、視線を移した。

「俺にも一つ、どうしても叶えて欲しいことがあるんです」

「……叶える……?」

 訊き返すクロキに、タスクは、無言で頷いてから答えた。

「アクアが、俺の父のような店を出すまで、見守っていて欲しいんですよ。見届けて欲しい、と言う方が正しいかな。俺と一緒に、見届けましょう?アクアが、本当に夢を叶えるのか」

 クロキは、あまりことに目を見開いた。

 タスクの後ろにいた、ゼンとカプリシオは、思わず吹き出していた。彼の、その雰囲気とは正反対の、狙いに。

 タスクは、言葉を続けた。

「そうすれば、望みを叶えなくても、少なくとも、この子が大人になるまで生きていられます。本当に、もう一度あの店ができた時、見る事だってできます。言うことないでしょ?宿代代わりってことで。……俺はこの子に、笑っていてほしいんです」

 タスクの穏かな笑みの中に、悪戯な色が覗いている気がして、クロキは、小さくため息をついた。それが、彼の本当の願いだということも、わかっていた。

「……わかった……。じっとしていろ」

 クロキは、雪のように白い手を、タスクの胸にかざす。

 すっと人差し指を出し、宙に模様を描いて言葉を唱えた。

「望みと引き換えに、時を頂く……」

 赤い円形の模様が、クロキの手とタスクの胸の間に浮かび上がる。

 それは、クロキの手の動きに合わせて、タスクの胸へ吸い込まれていった。

 クロキが、タスクの胸に手を押し当てる。

 ――――ドクンっ。

 タスクの身体が、一度、大きく脈打った。

 手を戻し、息をついたクロキの顔に、血色が戻る。

 クロキは、両膝をついたまま、雪の道を見つめていた。

「本当に、お前たちは、あの男によく似てる。……血を継いでいるだけはあるな……」

 半分呆れたようなクロキの言葉。

 タスクは、悪戯に笑って立ち上がった。

「タスク、頭イイっ!」

 クロキの横で、アクアは、この上なく嬉しそうな笑みを浮かべている。

「でも、ズルいって言わねぇ?こういうの」

 ゼンは、そうは言いながらも、満足げな顔をしていた。

 タスクは、笑みを浮かべたままでゼンを振り返った。

「賢い、も、付けてくださいよ」

 ゼンが、豪快に笑う。

「確かにな」

 ゼンは、クロキの前にしゃがみ込んだ。

「そんじゃあ、俺も一ついいか?」

「何だ?」

「俺の国から、お前の記憶を消してくれないか?ただ、俺は、お前を覚えていたい。できるか?」

 クロキは、一度、カプリシオに目をやってから、ゼンに視線を戻し、仕方ないとため息をついた。

「今、その国にいる人間から、ということだな?」

「あぁ」

「そのまま帰れば、お前もカプリシオも、たっぷり怒られる。何らかの罪に問われるだろうし、適当な言い訳も思いつかなかったのなら、仕方ない」

 クロキの嫌味な言い回しに、ゼンは、慌てて言い繕う。

「怒られるのが恐いんじゃないからな?!」

 辺りに笑い声が響き、真っ白な町に吸い込まれていった。

 空は、どんよりとした曇り空。

 天からは、はらはらと雪が舞い降りていた。

「さぁて、帰ってランチにしましょうか」



時は流れ――――――――


とある国の小さな噴水広場の片隅

 

漂うは、コーヒーと、少々の紫煙

  

チョコレート色をした店からは

  

いつも

   

ギターの音色が零れ落ちていた

   

  店の名は――――Rufellviaルフェルビア


スノウ・コード:END

                

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