夢-2

 夜のうちに新たに雪が降り積もり、町はまた、綺麗な白に染まった。空はどんよりと曇っていて、今にも降り始めそうな雰囲気。

 通りを行く人は少ない。

 四人は、学校や商店街があるのとは、反対の方向へ歩いていた。

 ゼンは、もちろん剣を携えていて、この長閑な町と、かなり不釣合いだった。

 墓地は、家から歩いて十分。木々に囲まれた場所にある。表通りから、細い道を通った先の、四角く広い場所。

 アクアの祖父の墓は、入口に、比較的近い場所にある。

 着く頃には、ハラハラと雪が舞っていた。

「うわぁ~、視界が……」

 ゼンが、うんざりとした声を上げた。

 名前が刻まれた石の前で、他に話す者はいなかった。

 クロキはもちろん、アクアもタスクも、ジッと、墓石を見つめていた。

「ここで、万一にも命をおとすとか、洒落になんねぇなぁ……」

 ゼンだけが、いつ現れるか分からない刺客に、意識を集中させていた。剣の柄に、常に手を掛けて。

 黙って墓石に目を落としていたクロキが、音もなくため息をついた。それは、白く形を残し、儚く消えた。

「……ゼン……」

「あ?」

 小さな呟きに、後ろにいたゼンが反応する。

「お前じゃない……」

「だよな」

 ゼンは、苦笑いを浮かべていた。

「ねぇ」

 アクアが、ゼンを振り返る。

「ルフェリアって名前、ゼンが付けたの?」

 ゼンは、クロキに視線をやった。

「いいや。こいつが、自分で名乗ったんだ」

 クロキは一度目を伏せた後、遠くへ想いをやるように、僅かに開いた。

「……俺の名前だ……」

 口を開くまでの間に、躊躇いが覗き見えた。

「クロ、忘れたって……」

 驚きで目を丸くして、アクアは、クロキに目をやった。

 クロキもアクアも、心が僅かに痛んでいた。

 そして、二人とも、痛む心に少し途惑っていた。

「ゼンに……」

 クロキは、観念したように、口を開いた。

 相変わらず、墓石に目を落としている。

「アクアのじいさんに会ったとき、俺は、今と同じように、名前は忘れたと答えた。そしたらあいつは、思い出したら教えてくれって言ったんだ。暫くは、名前のないままだった」

「呼ばなかったの?」

 信じられないと言うように、アクアが尋ねる。

「そう。でも、さすがに不便だから、とりあえずと、ゼンは、俺に名前をつけた」

 クロキが、アクアを見下ろして微笑んだ。

「クロキ、と」

「……ウソ」

 アクアは、茫然と、クロキを見つめた。

「最初は、クロって付けられたんだ。そしたら、たまたまゼンの店にいた客が、それはあんまりだろうって、それで、クロキになった。あいつの遺伝子は、そうとう強いらしいな。孫にまで、同じ事をされた……」

「でもっ……だけど」

 出る言葉は、しどろもどろ。頭の中は真っ白で、アクアは、何を返したらいいのか分からないでいた。

 クロキは、墓石を見つめて、説明を続けた。

「本当は、忘れてなんてなかった。……でも、イイ奴だと分かっているのに、どこかであいつを疑っていて、自分のことを教えるのに躊躇いがあった。ゼンは力の事を話しても何も望まない。信じていいと分かっているのに、最後の時まで、名乗れなかった」

「じゃあ、おじいちゃんは、知らないの?」

「黙っていられなくて、町を出る前に教えた」

「じゃ、どうして、ゼンは……」

「こいつの名前を聞いた時、あんまり懐かしくて、思わず、口をついた。悪かったな、アクア、黙ってて」

 アクアは、刻まれている祖父の名前を見つめ、笑みを浮かべた。

「……いいよ」

 クロキを見上げる。

「おじいちゃんに免じて、許してあげる」

「話は終わったか?」

 ゼンの声に、鋭さが帯びる。

 何が起きたのか、三人とも、すぐに、見当がついた。

 アクアとタスクの顔に、不安が広がる。

 クロキは、他人事のように、涼しい顔をしていた。

 ゼンが、言葉を続ける。

「それじゃ、ちょっと戻ろうか?こんなところで命のやり合いなんて、罰当たりもいいとこだ……」

 表の通りに通じる、細い石畳。三人並ぶのがやっとの、雪の道。そこを歩く四人の後ろから、微かに聞こえる足音が一つ。

 三人の後ろを歩いていたゼンは、振り向き様に剣を抜き、雪の路を蹴った。

 ゼンの先にいる黒服の剣士も、曇り空の下でさえも、鈍い輝きを放つ銀の鞘から、同じ輝きを持つ、細身の剣を抜いた。

 同じように地を蹴った二人の剣が、耳障りな金属音をさせて交わる。

 至近距離で、二人は鋭い視線をぶつけた。

 鋭い眼差しはそのままに、ゼンは、口元に、強気な笑みを浮かべた。

「久しぶりィ。カプリシオ」

 顔をつき合わせる相手の剣士は、不快を顔に表わした。

「敬称をつけろ。無礼だぞ」

「俺より、三つも年下のくせして、何を仰る」

 ゼンが、相手の剣を弾く。

 カプリシオと呼ばれた剣士は、弾かれた勢いを利用して、後ろに飛び退き距離をとった。

 そして、訝しげにゼンを見る。

 明るい茶色の髪、同色の瞳。整った顔立ちは、一見すると、剣士には見えなかった。

 確かに、背はゼンよりも小さいが、小柄なわけではない。

 ゼンをじっと見つめる目には、独特の力強さがあった。

「ゼン、主は違うが、同じ命令を受けている筈だろ?なぜ、守ってる?」

「ちょっとした、大人の事情って奴だよ」

 言い終わらないうちに、二人の距離は詰まっていた。

「俺がいつまでも、同じ腕であるなどという考えなら、今すぐ捨てろ」

「何?その余裕の発言」

「勝ったことがないというのは、昔の話だということだ」

「勝負してねぇんだから、わかんないだろうが?」

「お前を殺してでも、使命を遂げる」

「こだわりすぎじゃねぇの?カプリシオ?」

「うるさいっ!」

 金属のぶつかり合う音が、幾度も辺りに響く。

 和やかなこの町に、不釣合いなこの状況。

「あぁ、でも……前より強くはなったじゃないか。えらい、えらい」

 おちょくるようなゼンの言葉が、カプリシオを刺激する。

「邪魔だっ!」

 カプリシオは、眉を釣り上げ、苛立ちを露にしている。

「俺が?それとも、ルフェリアが?」

「両方だ」

「連れ戻っても、あいつはもう、望みを叶えないし、俺たちが手を掛けなくても、今日中にはあいつの命は尽きる。放っておけば、何もしなくても手柄は戴けるんだぞ?カプリシオ様?」

「断わる」

「何でだよ?損のない話だと思うけど」

「望みを叶えない?そんなこと、どうして断言できる?あれが、延々と生き延びてきたことが、全てを物語ってるだろう」

「だぁからっ!あいつには、もう時間がないんだって!わざわざ……」

 ゼンの説得の言葉を、カプリシオは、鼻で笑い飛ばした。

「人が良い上に臆病だから、いつまでも一領主の下で腕を腐らせるんだ」

「余計なお世話だ!」

 ゼンは、口元を引きつらせた。

「ルフェリアの命が尽きるということは、ゼン、お前にも手柄が与えられる可能性がある。それだけは、阻止してやる!そして、俺は、己の使命を果す。そこをどけ!」

「やぁだね!」

 ゼンの声と共に、カプリシオの剣は跳ね飛ばされた。

 遥か後ろへと飛んだ剣は、雪の上に重い音を立てて落ちた。

 間髪置かずに繰り出された、ゼンの蹴りが、カプリシオの腹部を直撃する。

 カプリシオの背は、雪の道を削っていった。

 起き上がるより先に、ゼンが、切っ先をカプリシオの胸の上へピタリと付けた。

「そういう台詞は、俺に剣で勝ってから言え?」

 勝ち誇った笑みで、カプリシオを見下ろす。                

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