代償-3

 この町での思い出の他に、もう一つ、忘れることのできない、大切な思い出がある。望みを叶える代わりに、生きる時間を頂く。この力を、受け継いだ時のこと。

 血縁関係はない、同じ町に住む、魔術師の男で、年は離れていたが仲良くしていた。その男が、流行病に倒れたクロキを救うために、己の力を与えた。生きたいと願ったクロキに、自分は、もう、終えたいと。使い道によっては、善にも悪にも成り得る力だが、継いでくれるのなら、命を救ってやろうと。

 もう、終わりにしたい――――クロキが、初めて叶えた望みでもあった。

 ここにきて、思案する。

「後継者……」

「は?」

 クロキが小さく呟いた言葉は、ゼンの耳には、届いていなかった。

「……何でもない」

 自分で終わりにするつもりだった。

 この、孤独な力は――――。

 クロキに思考を途切れさせるように、リビングから、一瞬、おかしなメロディーが聴こえた。

 クロキは、手を拭きつつ、ため息をついた。

「また、そこで躓いたか……」

 アクアは、眉尻を下げて、救いを求めるようにクロキを見上げた。

「指を確認してから、もう一回。少し前からやってみろ」

「はーい」

 不気味なくらい、普通の生活だった。

 この町は、何か不思議な力でも働いているのだろうかというくらい、穏かな日常が続いている。

 尤も、クロキの持つこの力を知る者も、アクアとタスク、剣士であるゼンの三人だけなのだが。

 ギターを弾くアクアが、また、同じ箇所で躓いた。

 丁度、そのとき――――。


 ――――ジリリリ。


 玄関で、呼び出しベルが鳴った。

「はーい」

 ギターをラグの上に置いて、アクアが玄関へ走る。

 誰なのかを尋ねる前に、扉の向こうから声がした。

「アクア~、遊ぼうぜ!」

 同じ学年の男の子たちだった。図書館で、アクアをからかってきたのとは、別のグループだ。

 玄関を開けると、寒さと雪対策万全な少年が3人。

「雪合戦するだろ?行こう」

 誘いではなく、決定らしい。

「でも」

 クロキとゼンが、家にいる。

 どう断わろうかと困っていると、少年の一人が、口を尖らせた。

「お前、やらないなら、もう誘わないからな~」

 それが、一時的な脅し文句で本気ではないことくらい、アクアにも分かっていた。

 人数が足りないから、どうしても、加わって欲しいのだろう。

 決めかねていると、リビングからゼンが姿を表わした。

 手には、アクアの防寒具一式が抱えられている。

「どこでやんの?」

 ゼンが、茫然と見上げてくる少年たちに訊いた。

「むこうの公園。今行ったら、誰もいなかったから」

 少年の一人が指差したのは、家の向かい側のその先。川の近くの公園だった。

 ゼンは、人懐っこい笑みを浮かべて、彼らを見下ろした。

「あとで、俺たちも見に行っていい?」

「俺たちって?」

 公園の場所を教えたのとは、別の少年が訊いた。

「俺と、俺の友達。なぁ、いい?」

「いいよ。行こうぜ、アクア!」

 アクアがゼンを振り返ると、大丈夫だと言うように笑っていた。

「上着着るから、ちょっと待って」

 ゼンから、コートと手袋とマフラーを受け取って着込むと、アクアは元気よく飛び出して行った。

 その姿を見送ってから、ゼンは、リビングに戻った。

 クロキは、ラグの上に胡座をかいて、ギターを弾いていた。

 静かなメロディーは、どこか寂しく、哀しく響いていた。

 ギターに目を落とし、黙々と弾いている。

「それも、ゼンさんの曲?」

 ソファーに座りながら尋ねる。

「いや。お前のところにいる頃に、弾いてた曲だ」

「イメージは?」

「……何だろうな」

「寂しい、哀しい音に聴こえる……」

「それは、お前の心情だろう」

 ゼンは言葉に詰まった。

「お仕事、なんだろう?」

 続けられた台詞に、表情を曇らせる。

「前に言ってたよな、ルー。情を持たず、信用せず。そうでなければ、辛いだけだと」

「あぁ、言った。親しみは、必要ない」

「離れているほうがいい。というか、いつの間にか、一線を引いて離れているんだと」

「……嫌味か?」

「まぁね」

 ゼンは、小さく笑って膝を抱えると、天井を仰いだ。

「何か、だんだんさぁ……それ、希望に聴こえてきたから」

 ゼンの台詞に、クロキは、たっぷりと間を置いた後で口を開いた。

「……それは、お前の心情だ」

「かもなぁ。ま、そう都合よくいかない事は、わかってるけどさ」

「何の話だ?」

「追手の話。その場合の、複雑な俺の立場を考えると」

 茶化してはいるが、深刻な問題だった。

 変わらずに響く、ギターの音色。

 嘘のように、穏かな午後のひと時だった。

「雪合戦なんて、何年ぶりかなぁ」

 心弾ませる、ソファーの上のゼンを横目で見やり、クロキは、呆れたように息をついた。

「……やらないからな……」

「え~?何でぇ?楽しいぞ?」

        

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