魔術師−3
リビングのソファーの上、薪ストーブの暖かさに包まれて、アクアは、ポロリポロリと弦を弾いた。奏でる音は、クロキが弾いた時とは、全く違って聴こえたが、途切れながら続く音色が、心地よくアクアの体に響いていた。
夕方になると、クロキが食事を作ってくれることになった。
アクアは、風呂を掃除した後で、クロキを手伝った。
タスクが帰って来たのは、テーブルに料理が並んで、少ししてからだった。
朝と同じに、リビングに顔を出すと用意されていた食事に、タスクは、入口で立ち止まり、目を丸くしていた。
「タスク、おかえり!」
アクアの声に、タスクは、ようやく笑みを浮かべた。
「アクア、ただいま」
戸惑いが、声にしっかりと現れている。
「ちょうどできたところなんだ。早く食べよ?」
アクアが、タスクの手を引っ張る。
タスクは、カバンとコートを、とりあえず、ソファーに背にかけて席についた。
「ありがとうございます。夕食まで作っていただいて」
「暇があったから」
クロキの無表情にも、二人は、慣れてきていた。
「今日ね、クロにギター教えてもらったんだよ」
いつになく嬉しそうな、アクアの笑み。
「それから、いろんな曲弾いてくれた。おじいちゃんのノートにあったやつ!」
「勝手に見たけど、良かったか?」
尋ねるクロキの顔に、ほんの僅かだが、何かの感情が覗いた気がして、タスクは笑みを零した。
「かまいません。後で、俺にも聴かせてください」
クロキの力の事を、アクアは話さなかった。話してはいけないことのような気がした。
夕食の後、先に風呂を済ませたアクアは、今日も、リビングで課題に取り組んでいた。クロキの奏でるギターの音色に、祖父を思い出しながら。
クロキは、弾いている間中、ずっと、ぼんやりとしていた。ラグの上に置いた楽譜に目を落としているようだが、意識は、もっと遠くへ向いているように、二人には見えた。
キッチンでは、タスクが作業している。小麦粉や卵、バター。フルーツのシロップ漬けも、ダイニングテーブルに広げられていた。
「タスク、待って、待って!」
気付いたアクアが、課題の手を止めてタスクを止める。
ギターの音色も、ピタッと止まった。
「俺も一緒に作りたい。もう少しで終わるから待って!」
アクアの弾んだ声に、クロキは彼へ視線をやった後、タスクを見た。
リビングが見渡せる席に座ったタスクは、クロキの視線に気付いて微笑んだ。
「明日のおやつを作るんです。俺、こういうの好きなんですよ。職業にしてるくらいで。カフェやってた父の影響でしょうか。料理は、母からですが、お菓子は父から教わったんです。アクアも、けっこう上手いんですよ?」
アクアが、得意げに笑った。
「タスクはね、商店街にあるケーキ屋さんで働いてるんだよ?カフェ付きの、すごい美味しいケーキ屋さん。俺、将来、おじいちゃんみたいなお店やるから、タスクに教えてもらって、今から特訓してんの」
「それなら…」
クロキは、再び、弦を鳴らす。
「コーヒーにも詳しくならないとな」
「俺、コーヒーは苦いから苦手~」
アクアは、心底嫌そうに顔を歪めた。
「あいつの店は、カフェと間違えられてたけど、元々、コーヒー豆の専門店だ」
「え?!」
目を丸くして驚くタスクの声にかぶるように、アクアも声を上げた。
「うそぉ~」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます