魔術ー3

 

*   *   *   *   *



 夕食後、テンは、リビングのソファーに寝転がり、シディアから借りた本を読んでいた。クッションを枕に、仰向けになっている。


 店主は、テンの斜め前、窓の近くに置かれたひとり掛けのソファーに座り、ギターをポロポロと玩んでいる。


 テンの耳に届く、心地よい弦の音。


「飽きないのなー、店長……」


「飽きたらやめてるよ」


 わかるような、わからないような返答だった。


「店長ぉー」


「ん~?」


 本を開いたままで胸の上に置き、テンは、ぼんやりと天井を眺めていた。昼間のシディアとリタのセリフが、頭を離れない。


「……店長ってさぁ、」


「あぁ」


「友だちいた?」


「何だ、いきなり。失礼な奴だな」


「いいから。いた?」


 店主は、ギターを弄る手を止めることなく、ため息をついた後で答えた。


「まぁな。それが、どうかしたか?」


「羨ましい……とか、考えたことある?」


「あ?」


 店主は、訝しげに声を上げた。


「……ねぇよな、あんたの場合」


 ため息が、一緒に零れ落ちた。


 再び、本を顔の上に持ってきて、情報を探す。


 ギターの音に、笑い声が混じった。


「あるさ……」


「うそぉ?!」


 思わず体を起こし、テンは、店主を振り返った。


 目を丸くしたテンを見て、店主は、豪快に笑った後、再び飽きることなくギターを爪弾き始めた。


「失礼だなぁ~」


「だって……」


 ソファーに座り直し、読みかけの本は、ぞんざいに横に伏せた。


 店主は、背が高くて容姿はモデル並。タバコを口の端でくわえてギターを弾く姿は、お世辞じゃなく、絵になる。コーヒー豆を選ぶのだって、お菓子だって、きっと誰にも負けない腕を持っていると思わせる、そんな人が、一体、何を羨むというのだろう。


「羨ましかったさ、いろいろな……」


 その時響いていた音色と同じ、静かな声。


「……また、『いろいろ』かよ。ずるい……」


 それは、それ以上の追求を拒んでいるように聞こえた。仕方なく、テンは、本を手にソファーに寝転がった。


 不意に、ギターの音が途切れる。


 本に目をやったまま、テンが尋ねた。


「飽きたの?」


 カタンと、ギターを置く音が聞こえた。


「バーカ。トイレだよ、トイレ」


 足音が遠ざかっていくのを聞き、扉の閉まる音を確認した後、テンは、大きく息をついた。向こうの考えていることなんて、垣間見ることもできないのに、あの人は、何もかも見透かしているような気がしてならない。


 気を取り直し、眺めていただけだった本に、目を通す。


 あの怪しい男は、一体何者なのか。あの曲に、一体何があるのか。店主は、何をしたのか。なにか、ヒントでも――――。


 本に集中して、考えを廻らせ始めた時だった。不意に本を取り上げられ、テンは、小さく抗議の声を上げた。


 店主が、楽しげに本を眺めている。


「久しぶりに、何を熱心に見てんのかと思ったら、歴史ねぇ……」


「いーだろ、返せよ」


 寝転がったまま、店主に手を伸ばす。


「……ふーん」


 開いていたページを暫く眺めた後、本は、テンに戻ってきた。店主の言葉と共に。


「あんまり、深入りすんなよ?」


「え?」


 聞き返したときには、店主はもう、元の通り、ソファーに戻って、ギターを抱えていた。


 再び、ポロポロと音が響く。


「お前には悪いが、お前のおかげで俺の『羨ましい』は1つ消えた……。だから、深入りすんな」


 店主の言っている意味はわからなかった。


 いつの間にか、あの曲へと変わった音。


 テンは、文句も言わず、黙って本へ目を落とした。

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