第35話

 建物に入ると、一目散に角の火肉屋に向かう。店員はすぐに仙造を認め、向こうから近付いて来た。

「どうや?」

「すいません、片っ端から電話をかけて訊いてみたんですが、いつもの半分しか集められませんでした。本当にすいません。これでも満天さんところには他所の分を削って入れてあるんです。もし、品物が融通つきそうならすぐに連絡しますから、それまでこれで何とか――」

「そうか、わかった。あんまり無理いっても迷惑かけるからな」

「でも、満天さん、今度の市は安心して下さい。特別なルートが見つかりましたから、もうご迷惑をおかけするようなことはなくなります。ですから、無理言いますが、それまでは何とか凌いでいただきますように」

 店員は深く頭を下げた。仙造もわかっているだけに、それ以上は何も言わなかった。

 車まで荷物を搬んでもらった仙造は、店員の手に一万円札を握らせた。効果のあるなしは別として、これぐらいで材料の都合がつくのなら安いものだと思った。

 

 数日後、材料の底が見えはじめた――。

 思った以上に火肉の入手には手こずる。しかし火肉屋の店員は次の市までの辛抱だ、と約束をしてくれた。その言葉を信用するとして、それまでをどうやり繰りするかに頭を痛める仙造だった。

 いちばん気にしているのは、常連客が来ることだ。一見いちげんの客なら何も言わないだろうし、適当にあしらうこともできる。だが、珍湯麺をはじめてから定期的に店に顔を出す客には、どうやっても誤魔化しが利かない。それだけが気がかりだった――。


「いらっしゃい。毎度どうもォ」

 仙造は、決まって一週間に二回は顔を覗かせる常連客に大きく声をかける。常連客はありがたいもので、客のほうで勝手に時間を融通してくれる。忙しい時間を知っているので、わざわざそんな時間に店を覗かないのが常連のいいところだ。

「いつものやつ」

「はい、ギョウザ二枚とビールと珍湯麺ね?」

「ああ、ラーメンはあとからでいいよ」

「はいよ」

「ギョウザ二枚にビール一本入りましたァ」

 仙造は大きな声で厨房に注文を通す。

「どうしたの? この前来たときは沈んだ顔してたのに、きょうはえらく機嫌がいいね」

「そうですか? いつもと一緒のつもりなんだけどなァ……」

「いいね満天軒は。いつも繁盛しててさ」

 手酌でビールを注ぎながら言った。

「お蔭さまで、何とか持ち直したんで、昔みたいにならないように頑張らないとね」

 仙造は、カウンターの中から深く頭を下げた。

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