第34話

 その日何とか材料の揃った仙造だったが、次の市に十日分の量が確保できる保証はない。しかし何としてでも間に合わせないことには店を開けることができなくなってしまう。やっと苦労をしてここまで辿り着いたのに、いまさら振り出しに戻るのは考えたくもなかった。

 帰りを急ぐ仙造は追い詰められた気持のままハンドルを握る。そんなことを考えながら運転すれば間違いなく事故を起こす可能性がある、と自分に言い諾かせるのだが、なかなかそうはいかなかった。

 一旦店に寄って仕入れてきた材料を冷蔵庫や冷凍庫に選別して納めると、とみ子の待つ自宅に急いだ。


 忙しいと時間は向こうから来るものだが、それに加えて材料のことが追い討ちをかけるので、一週間や十日くらいはすぐに経ってしまう。自分でも不思議に思えるくらい早いサイクルで巡っている。

 材料の節約を考えながらスープを拵えているのだが、これ以上少なくすれば間違いなく味が落ちてしまう。そんなことできるはずがなかった。


 ――

 市の日がやってきた。

 いまだに市の肉屋から連絡がない。仙造は覚悟した。しかしそうなると店を閉めることを考えなければならない。こればかりは出入の精肉業者に頼んでもどうにもならない。駄目元で以前それとなく訊ねてみたことがあるが、まったく反応がなかった。


 最初の頃は従来のスープとの二本立てでやっていたが、いまではほとんどの注文が珍湯麺になってしまい、売れないスープに時間と手間をかけるわけにはいかなくなってしまった。それがあって材料が余計に必要なのだ。たまには昔のラーメンを食べたいと愚痴をこぼす常連客もいるのだが、このブームが過ぎたらまた拵えるから、となだめることも一再ではなかった。


 仙造は駐車場に車を停めた。腕時計を見ると、いつもより一時間早い。少しでも他所より早く来れば、その分余計に品物を廻してもらえるという安易な考えを抱いた。

 車のドアを開けて外に出る。一時のように身を切るような冷気に襲われるようなことはなくなった。季節は確実に移り変わっている。できることなら、このまま時間が停まったままでいて欲しい、と子供のようなことを胸に思った。

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