第32話

 一週間して、テレビ局の担当プロデューサーが店に現れ、取材の主旨を説明したあと、詳細な打合せに入った。仙造は早速テレビ局に注文を出した。

 その注文というのは、まず客に迷惑がかかるので多忙な時間を外して欲しいということと、もうひとつは絶対に厨房の中を映さないという条件をクリアしてくれれば取材を受けるというものだった。

 テレビ局のプロデューサーを前にしながらこれだけのことが言えるようになった自分の変化に内心愕いている。どこの店でもあることなのか、プロデューサーは意外にあっさりと条件を呑んだ。いささか肩透かしを喰らった感じがした。


 数日後、昼のいちばん忙しい時間に五、六人のカメラクルーが姿を見せ、店内のカットを数分間撮りつづけ、約束通りすぐに店を出て行った。ふたたび現れたのは三時近くになってからだった。今度はグルメレポーターも一緒である。

 仙造は幾つかのインタビューに答えてから自慢の珍湯麺をレポーターの前に勧めた。早速珍湯麺を口にしたレポーターは驚きの表情を隠しきれず、「これまで何種類かのラーメンを食べ廻って来たが、こんなラーメンははじめてです」と絶賛した。お世辞と知りつつ仙造はしたり顔で微笑を浮かべながら横に立ってただ黙って見ていた。――

 その後も同じようにテレビ局とグルメ情報誌の取材がつづき、その反響があってか、前にも増して客の数が増え、店の外に行列ができるのも見慣れた光景となってしまった。


 仙造はこれまでにない繁忙さに慣れないこともあって、躰の芯に鈍い重さを持った疲労が蓄積している。閉店の時間が近づくとほっとして力が抜けそうなくらいの疲労感に見舞われるのだが、レジを開けてカバンに売上と伝票を入れるとき、思わずにやりと表情を緩めるのだった。そしてその現金を見るたびに明日も頑張ろうと強く思った。


 売上の計算と帳簿の記入はとみ子の役目だったために、毎日店が済むととみ子にすべて渡した。受け取ったとみ子は家に戻ってからこつこつとチェックをし、売上を帳面に記す。そのときのとみ子の横顔はいきいきとして見えた。

「あんた、よかったわね。毎日こんなに売上があるなんて、とても信じられないわ。この分だと思ったより早目に借金の返済ができそうだわ」

「そうだな。早く返すに越したことはないけど、いつ何どきまとまった金が必要になるかわからないから、そのへんはおまえに任せるから適当にやってくれ」

 仙造はそう言ったあと、咽喉を鳴らしてビールを飲んだ。

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