第29話
とみ子はまず最初にレンゲでスープを啜る。緊張した空気がその場所だけに流れた。つづいて数本の麺を勢いよく啜る。まだ仙造は箸を手にしたまま凝っととみ子の口元を見ている。
「どうだ?」
「間違いなく偉龍如の味だわ。よくここまでできたわね。これだったらお客は行列を作るわ。本当においしい」
とみ子は箸を置くこともなく、つづけて麺を啜った。
「うん」
仙造は短く言葉を洩らし、スープと麺を交互に口に搬んだ。自分が拵えたラーメンを一気に食べ終えると、
「これだな。――でもこのままじゃああそこの店と同じ味になってしまうから、もう少し改良して偉龍如に負けないラーメンを拵えるさ」
「そうね。でもここまできたらあともう少しだから、あんた頑張ってね」
「ああ。いまの俺の構想では、あそこよりももう少し脂を入れてコクを持たせ、若者に照準を合わせたラーメンにしたいと思ってる」
「いいかもしれない」
とみ子は屈託のない笑顔を見せたあと、音を立てて麺を啜る。
仙造の耳朶にその啜る音がいつまでも残った。
――
試行錯誤の末、何とか満足のいくスープができあがった。あれ以来とみ子には味見をさせてない。今度スープを飲ませるときは完成したときだ、そう心に思っていた。
やっとのことでスープの味が決まると、今度はそれに合う麺を捜さなければならない。スープを拵えるほどの苦労はないものの、それでも客に無類のラーメンを食べさせたいという信念が手抜きをさせなかった。散々悩んだあげくストレートの細麺に落ち着いた。
すべてのレシピが決定し、店の目玉商品としての提供することを決めたのは二月に入ってからだった。
仙造はとみ子に当座凌ぎとして店内に貼る新商品のチラシを何枚か書かせた。けして上手いといえる筆捌きではなかったが、それでもとみ子の気持が映り込んでいるのか、味のある筆跡が仙造を納得させた。新作ラーメンを「
新メニュー 当店自慢の『珍湯麺』 ¥850
「これなら絶対にお客を呼べるわ。だっていままでこんなの食べたことないもの。これでだめだったらお客の舌がどうかしてるわ」
「そう言ってくれるのは俺としても力強いけど、こればかりは出して見ないと何とも言えん。まあ客が喜んでくれるのを期待するより他ないな」
そう言いながらも、仙造の顔には自信というものが満ち溢れていた。
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