第25話

「火肉はメス肉しか使いませんから、ここにあるのは全部メスです。オスは肉が硬いからだめなんです」

「あっそう――これって、ここだけにしかない? 他では手に入れることはできない?」

「おそらく――。調べたわけではないのではっきりとはいえませんが、日本広しといえどもこれを扱っているのは二、三件じゃないでしょうか」

「その袋に入っているものは?」

「ああ、これですか――この中には、骨と火肉の干したのが入っています。これ一袋で約五十杯分のスープをとることができますよ。他の材料から較べると確かに高価なんですが、高いだけのことはあります」

「ふうーん」

 仙造は、兄ちゃんの話を聞きながらショーケースの中を物色しつづけている。ケースの右には細切りになった肉、中央には少し大きな肉の塊り、そして左の方にはヒレ肉のような細長い肉が盛られてあった。ダシ袋はいくつも重ねてケースの片隅に置いてあった。

 どの肉も奇麗な赤い色をしており、脂肪の少ない良質のものだ。鹿肉を赤くしたように思えた。値段はと見ると、やはり兄ちゃんが言った通り、標準の牛肉の一・五倍から二倍はした。それだけでも簡単に手が出せる品物でないことはわかった。

 仙造としては、価格を度外視して買うより仕方ない。とりあえずモモ肉を五キロと、店の兄ちゃんが盛んにすすめるダシ袋を三袋頼む。

「今度はいつあるの? ここ」

 代金を払いながら訊いた。

「毎月五の日に開かれますから、今度は十日後になります。またご贔屓のほどよろしくお願いいたします。荷物車まで搬びましょうか」

「そうしてくれるかな」

 仙造は車のエンジンをかけ、ヒーターのスイッチを入れると、おもむろにタバコに火を点ける。ウインドーを少し降ろして烟を逃がすようにした。

 建物の出入口に目を向けながら、『火肉』って何の肉なのだろうといまさらながらに考える。


 あの場所ではさすがに知らないとは言えなかった。

 まあいずれにしても、あの偉龍如が拵えて出すスープのベースはわかった。あとはこれをどう扱いかだけだ。タバコを灰皿に圧しつけた。


 カーナビを見てあらためて所在地を確認すると、来るときは偉龍如に寄り、行き先の知れぬまま走りに走ったためにひどく遠い気がしたが、自分の店から一直線に来ればそれほど遠くない地点だった。

 仙造はゆっくりと車を動かし、農道に出るとヘッドライトで探るようにしながらとみ子の待つ家に向かう。

 無数の白いものがヘッドライトの光芒の中に泛び上がる。久しぶりの雪だった。――

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