第17話

 ある日、とみ子が言った通り、娘のめぐみ夫婦は三時過ぎに年始にやって来た。結婚して三年になるが子供はまだ授かってない。家の中が急に賑やかしくなると、周りの空気までもがいつもと違っているようだった。

 久しぶりに家族が顔を合わせ、ひと通り積もる話に花を咲かせると、仙造はついと席を立ってキッチンに向かう。そのときの仙造の顔は仕事に集中する職人の顔に戻っていた。


 ダイニングでは母娘が大きな笑い声を交えて雑談を交わし、信広と娘婿の正由まさよしはテレビのお笑い番組に夢中になっている。それもひとつの正月の風景である。

 三十分ほどして、仙造がキッチンから四杯のラーメンを盆に載せて現れた。家族の視線が一斉に集中する。

「さあ、できたから食べてくれ」

「あれ? お父さんのラーメンは」と、とみ子が気遣う。

「俺はいいんだ。それより早く食べて感想を聞かせてくれ」

 そのときすでに信広は麺を啜っていた。それに引かれるように他の三人も音を立てて麺を啜り、微かな音と共にスープを口にした。

 食欲をそそる快活な音が部屋の中に立ち昇る。

 仙造は自信を湛えた顔で黙って眺めたままでいる。まだ誰も言葉を発しない。仙造は眉間に力を込めるようにして、顔を伏せつづける四人の顔を凝視する。いちばん先に口を開いたのは、やはり妻のとみ子だった。

「お父さん、おいしいわ」

「おいしいよ。さっぱりしていながら、ちゃんと奥底に深い味がある」

 信広もつられて生意気な批評を加える。

「うん、おいしい。これまでうちのラーメンとは随分とスープの味が違うわ。これだったらどこと張り合っても負ける気がしないわ。ねえ、お母さん」

「そう、あたしもそう思うわ。これだったら負けない。……・で、材料は何なの? 家族にも教えられないほど秘密?」

「そんなことはない。簡単に言うと、どこにでも手に入る赤身の牛肉だ。でもいま食べてるのは完成形ではない。スープのベースは掴んだけれど、これから大量に拵えなければならないからそのコストの問題や、できたスープにあった麺を探すという作業をしなければならない。でもまず身内がそういってくれたことで自信がついたよ」

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