第16話
「あっそうなんだ。何か手伝うことある?」
「大丈夫だ。それより、久しぶりに帰ったんだから、向こうで母さんと話でもしてこいよ。おまえ広が戻って来るのを愉しみにしてたから……俺ももう少ししたら終わる」
「わかった、じゃあ」
それから一時間ほどキッチンに入ったままだったが、夕飯の時間になったので仙造はとみ子に場所を譲った。
やがて食事の用意ができた。元旦の夕餉は米沢牛のすき焼きだった。
とみ子は久しぶりに帰った息子のために、自分の食べるのも忘れ、すき焼き鍋に次から次へと新しい肉を補充する。仙造は卵の入った器に最初の牛肉を入れたままビールを愉しんでいる。時々思い出したように息子のグラスにビールを注ぎ足してやっている。
「こんないい肉食べたの、生まれてはじめてかも……」
信広は、口にすき焼きの肉を頬張ったまま笑顔を見せる。
「そんなことないわよ。前にも食べさせたことあるんだから。あんたが覚えてないだけよ」
「そうかなァ。こんなの食べたことあったっけ」
「あったわよ」
とみ子は少しムキになって言った。仙造はこれまでになく余裕を持った表情でふたりの会話に目を細めている。
「ところで、めぐみは明日何時に来るんだ?」
「昼過ぎって言ってたから、あの子たちのことだから、早くても三時ぐらいじゃないの」
「そうか――」
「何かあるの?」と、とみ子が気にかけた。
「いや、明日みんなが揃ったら旨いラーメンを喰わしてやろうと思ってな」
「とうとうできたの? 偉龍如風のスープ」
とみ子は箸を止めて身を乗り出した。
「何、その何とかのスープって言うの」
「ああ、それはね、つい何ヶ月か前に、うちの近くに新しいラーメン店ができたのよ。それが偉龍如っていうの。そこの店は毎日のように行列ができるからどんな味なのかお父さんとふたりで味見しに行ったの」
「へえーっ、そんなに旨いんだその店」
「ああ、確かにこれまで味わったことのないスープだったことは事実だ」
「トウさんがそういうくらいだから、余程旨いんだろうな」
信広は何度も肯くようにしながらふたりの顔を交互に見る。
「明日喰わしてやるから愉しみにしてるといい」
「じゃあ、とうとう完成したのね、スープが……」
とみ子の笑みを浮かべた顔は芯から嬉しそうだった。
「いや、まあ、完璧とはいかないが、何とか糸口が掴めたような気がする」
「どんなスープなの?」
「それは明日になったら話してやるよ。愉しみにしてな」
仙造は自信のある表情のままタバコに火を点けた。
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