第15話

 あらためると、こうして新しい年をふたりっきりで迎えるのももう慣れた。

 正月を迎えるたびにとみ子は一日でも早く借金を返して自由になりたいと思っている。少し亭主の考えとは違っていたが、目指すところにさほどズレはなかった。


 昼過ぎになって長男の信広が帰って来た。

 そのとき仙造はキッチンに立ってスープの試作に余念がなかった。これまでならゆっくりと躰を憩めるための連休とし、一日中家の中でごろごろとするところだが、この正月休みばかりはそうもいかない。

 これまで何度となく新しいスープ造りに臨んだが、何度試してもあの奥深き透明な液体の足元に近づくことができない。試行錯誤しているうちに新しい年を迎えることになってしまい、店に出かけて試作してもいいと思ったが、とりあえず必要な材料だけ持ち帰って家でゆっくりと拵えることにした。


 仙造は悩み抜いたあげく、思い切って考えを変えることにした。いろんな材料で挑戦をしてみたのだが、どれも思うようにいかず、そこで行き当たったのが、根本的に材料の見直しをするか、常識を覆すような拵え方をするかしかなかった。

 それがあって正月早々キッチンを独り占めするかのようにガス台にへばりついていた。


「トウさん、いま帰ったよ」

 信広は、キッチンにいる父親の背中に声をかける。

「ああ」

 仙造は照れ臭いのか、久しぶりに帰った息子の顔をまともに見ることなく返事をした。

「何やってるの?」

「ん? 新しい味に挑戦しているところだ」

「満天軒の味を変えるの?」

「そう決まったわけじゃないけどな……」

 そういいながらスプーンを口元に搬んだ。そのときの仙造の顔は、ようやく何かヒントを得たような明るい顔になっていた。

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