第14話

 ふと時計に目をやると、針は十時前を指している。

 いつもならこの時間だと、まだ店で客の注文を拵えていると思った。家にいる時間がいつもと違うのでどうも調子が合わない。

 とみ子が朝食の用意ができたことを報せに寝室に入ると、仙造はすでに目を醒まし、窓の外に目をやりながらタバコを吹かしている。

「ご飯の用意ができたわよ」

 とみ子の言葉にはいつになく潤いがあった。

「ああ」

 仙造はタバコを揉み消しながら返事をする。

 しばらくしてダイニングで夫婦が顔を合わせた。おせち料理を前にして坐った仙造に、とみ子が酌をしながら、

「お父さん、今年一年よろしくね」

 と、恥じらいを含めた声で小さく言った。

「うん」

 仙造は、聞こえるか聞こえないかくらいの声で返事を返しながら盃を口にする。

「どうだ、おまえも一杯?」

「そうお、じゃあお正月だから、一杯だけ戴こうかしら……」

 仙造は、今年はこれまでとはまったく違う商売の仕方をしなければならないことを年頭においているので、口に出さないまでもとみ子に協力を求める意味を含めて酌をした。


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