第13話

 とみ子はテーブルに突っ伏してうたた寝をしている。仙造は疲れているとみ子を意に介さないまま、何かに取り憑かれたかのように一心不乱にいくつもの鍋を前に新しいスープを拵えている。何かを鍋に入れるたびに種類と量をこと細かくノートに記した。


 店の看板となるスープが一朝一夕にできるものではないことはわかっているのだが、何か行動を起こさなければじわじわと競り上がってくる焦燥に圧し潰されそうになった。

 この日だけに限らず、連日のように深夜遅くまで、日によってはとみ子を先に返し、自分ひとりで東の空が明るくなるまで店の厨房でスープ造りに没頭するという日がつづいた。しかし、どう組み合わせてもあの味に近付くことはなかった――。


 木枯らしが戸を叩き、客の背中を丸めるようにして入って来る姿に季節の移ったことを日々実感するようになった。気がつくともう暦では年の瀬が迫り、ここ数ヶ月を振り返ると、マスコミのお蔭と、季節柄もあってそこそこの客が満天軒にも顔を覗かせ、何とか店を閉める状況はまぬがれた。


 仙造は年末年始の休みを思い切って一週間とした。これまでは精々四日というところだったが、今年に限っては先行きのこともゆっくりと考えたいこともあってそうした。

 大晦日は午前中から店の大掃除にかかり、終わったのは夕方近くになってからだった。とみ子に言われてその足で正月用品を買出しに行き、九時少し前に家に帰った。


 仙造はダイニングテーブルに腰掛けると、胸のポケットからタバコの函を取り出し、火を点けて深く吸い込むと、一年を振り返るようにゆっくりと烟を吐き出した。

「あんた、信広が正月に帰ってくるわよ」

 とみ子は京都の長男が戻ってくるのを愉しみにしているのであろう、気がついていないだろうが声に艶がのっていた。

「そうか」

 仙造は短く返事をした。

「めぐみはいつもと同じように正由くんと顔を出すだろうから、今年は久しぶりに家族四人が揃うことになるわね」

 買ってきた品物を手際よく冷蔵庫にしまいながら言う。

「それはいいけど、みんなが揃うのは何日なんだ?」

 タバコの灰を灰皿に落としながら訊いた。

「はっきりといえないけど、いつもと同じだったら二日の日ぐらいだわね。信広は明日帰って来るからあれだけど、めぐみにはあとで電話して訊いてみる」

 仙造はとみ子の話を聞きながら、何かを考えるような素振りでタバコをの んだ。


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