第12話
そんな戦場のようだった街道筋も、一ヶ月するとようやくこれまでの落ち着きを取り戻し、何もなかったような静穏なある日の午後、仙造は店の厨房にいた。
コードレスの電話器を手にした仙造は、視力の落ちた目を細めて業者の電話番号を択び、やや不安な面持ちで相手が出るのを待った。
「ああ、満天軒だけど、カシラとゲンコツを十キロ、モミジを五キロ急いで届けて欲しいんだが……」
仙造は思いつきでそんな電話をしたのではなく、これまでの自分の思いを逸脱したスープの拵え方に挑んでみたかった。まるで子供の頃、わけもわからないまま実験を試みたときのような胸のざわめきを感じている。
一時間ほどして業者の営業マンが注文の品を持って裏口から入って来た。
「毎度ォ! どうしたんですかこの材料。満天さんではこれまで扱ったことのない材料ばかりじゃないですか」
営業マンは、伝票に受取りのサインもらいながら持ち前の大きな声で言った。
「いや、ここだけの話だけど、これだけ同業者が増えたんじゃどうしようもないからな。ところで、この間開店したあそこの店、君んとこは出入してるのか?」
「いえ、何回も足を搬んだのですが、いつも決まって、『うちは決まった業者がいるから、わるいけど引き取ってもらえるかな、もし欲しいものがあったらこちらから電話するから』って簡単に断られてしまうんです。ここで引き下がっちゃあ営業になりませんから、またしばらくしたら顔を出すつもりでいますがね」
「そうか。ひょっとして、その業者の名前でもわからんだろうか」
仙造は曇った顔になって、頼み込むように言った。
「それがですね、無理だとは思ったんですがあたしも気になって訊いてみたんです。しかし残念ながら教えてはもらえませんでした」
「そうだろうな。それも企業秘密のひとつだからな。まあいいや、もしこの先何か 新しい情報が入ったら報せてくれるか? いい情報だったらそれなりに礼をするからさ」
「わかりました」
営業マンは伝票を胸のポケットに押し込むと、ぺこりと頭を下げて出て行った。
仙造はビニール袋に入った材料を眺めるようにしながら冷蔵庫にしまい込む。
その日、店を閉めてから仙造はとみ子を待たせたまま、新しいスープを拵えるというより、とりあえず思いついた材料で偉龍如の味に挑んでみた。
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