第10話

「――店のことなんだけど、何とか二十年やってきて充分といわないまでも客がついてくれるようになったけれど、時勢の流れには逆らうことができなくて、何かとおまえに苦労をかけているよな」

「……」

 とみ子は、思いも寄らない仙造のことばにどう応えていいものか逡巡した。

「もし、もしだぞ――満天軒のラーメンの味を変えたいと言ったらどうする?」

 仙造は、顔を突き出すようにしてとみ子を凝視する。

「どうするったって、あたしはあんたがすることを横で見ているだけだから……」

「おまえも感じているだろうけど、このままの状態だと長くはやってけない。ここらで何とかしないとな」

「味を変えるって……どうやって?」

「いや、まだどうするか具体的に決めたわけじゃないけれど、この際おまえの考えも聞いておこうと思ってな」

「あたしの正直な意見は、味なんか変わったっていいと思ってる。だって、あんたにはわるいけど、人気のある味なら長くつづけなければなんないけど、流行らない味ならいつまでやっても同じことだと思うわ」

 とみ子はいま胸の内にある思いをすべて吐露した。仙造はとみ子の意外な意見に金鎚で後頭部を殴打されたような衝撃を受けた。

「ほう、じゃあ、店の味を変えるのに反対はないな」

「ええ。でも、二本立てっていう手もあるでしょ? いままでの味と新しい味の。その辺を上手く両立させれば、それほど深刻に悩むことはないんじゃないの?」

「確かにおまえの言う通りだ――」

 仙造はとみ子の意見をもっともだと得心した。これまで自分が守り通そうとしてきた店の味に拘っていたために、とみ子のように柔軟な考えができなかったことを情けなく思った。

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