第9話
「――動物系であることには違いないんだが、だからといって何かは判然としない」
仙造はとみ子のグラスにビールを注ぎながら言った。
「何? あの店のスープのことを言ってるの?」
「ああ。ずっとそのこと考えてるんだが、どうしたらあの味が出せるのかわからんのだ」
「あんたがわかんないのに、素人のあたしにわかるわけないわよね。でも、そんなあたしが感じたままを言うと、あの店のスープはこれまでに味わったことがないものだったし、あっさりとしながらもちゃんと奥深いコクがあったわ」
「そうなんだ。俺もこれまでにいろんな味のスープを口にしてきたが、あんなのははじめてだ。何とかあのスープの取り方を盗みたいものだ――」
仙造は話しかけるふうでもあり、独り言を呟いているようでもあった。
風呂から上がっても仙造の顔は優れなかった。タオルで短い髪を掻くようにしながらリビングに戻ると、ビールをもう一本抜いた。飲まずにはいられない心境だった。いままでこれほど深刻に思ったことはない。
あのスープを口にしたときから胸の底から何か得体の知れない煩悶にとらわれつづけ、考えるたびに頭から冷ややかに血の気が喪われてゆく。
このままでは間違いなく店を畳まなくてはならない羽目になる。しかし、まだ仙造は体力に自信があるのと、長男の大学卒業という最低限の責務を果たさなければならないために、おめおめと敗北を認めるわけにはいかなかった。
二階から降りてきたとみ子の姿を見て、
「なあ、どうだろう――」
と、口にした仙造だったが、何か思わせぶりな言い方だった。
「どうかしたの?」
「ちょっと相談があるから、ここに坐れよ」
「いいけどォ……ちょっと待って、薬缶の火を止めてくるから」
とみ子は何かを感じていた。
「ご飯どうする?」
「いいから、ちょっとここに坐れよ」
「はいはい」
とみ子は、いつでも食べれるように夜食の用意をしてから仙造の前に腰掛けた。
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