第8話

 とみ子は夜食を拵えるのにキッチンで背中を向けている。

 掛時計に目をやると、午前二時半を指していた。

 仙造はタバコを咥えたままテレビのリモコンを押した。この時間碌な番組をやってないことはわかっているが、気を紛らすのにいつもそうしている。

 とみ子が簡単なビールのツマミ拵えてテーブルに並べた。ソーセージを軽く炒めたものと、ジャコおろしだ。

 仙造はソーセージを口に搬びながらビールを含む。このソーセージもそうだが、要不要にかかわらず食材を店から持ってくるので、ほとんど買い物をしなくても済んでいる。


「なあ、とみ子――おまえの言う通り、このままじゃあ店も長つづきしないかもしれないな」

 仙造はテレビに目をやったまま、呟くようにぼそりと洩らした。

 突然の仙造の言葉にとみ子は耳を疑った。これまでに家に帰ってそんなことを口にしたことがなかったからだ。

「何? 突然……」

 とみ子は、怪訝そうな表情をしながら仙造の前にゆっくりと腰を降ろした。

「いやな、きょうあの店でラーメン喰ったろ? どうだった、味は――?」

「正直言うと、まずくはなかったわ」

 とみ子の言葉には仙造に対しての心遣いがうかがえた。

「そうか――」

「ごめんね」

 とみ子は仙造の顔をまともに見られない。

「いいんだよ。いまの俺にとっては、そうやってはっきり言ってくれたほうがいい」

 仙造はグラスのビールを啜るように飲み干した。

 とみ子は仙造のこれまでに見せたことのない態度にどう接していいか戸惑った。

 仙造は、とみ子が精神的な支えになっていることを充分に承知している。いま虚飾はいらない、真の言葉が欲しいと思った。

「でもあれよね、ラーメン街道もこんなに店が増えたんじゃあ、下手したらみんな共倒れになりかねないじゃないの」

 とみ子は気を遣って、話の鉾先を変えながらビールを注いだ。

「それもそうだけど、いまさら別の場所に鞍替えして一からやり直すのもなァ」

「まあ、あんたの店だから、あんたの気の済むようにしたらいいと思うけど……」

 とみ子はそういって席を立つと、風呂の様子を見に行き、すぐに戻るとグラスを持ってふたたび仙造の前に坐った。

「あたしも飲んでいい?」

 子供っぽい笑顔を仙造に投げながら、とみ子は両手でグラスを差し出す。仙造の話したいことが何となく伝わってきたので、少しでもちからになれればと思った。

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