第5話 敵地偵察

 1週間後の夕方五時前――。

 すでに「偉龍如」の店の前にはどこから聞きつけてきたのか、仙造の店のあたりまで列ができている。

 そのせいかどうかは定かでないが、きょうは昼も客の入りはさっぱりだった。

他所の店に訊いたことがないからわからないが、仙造の店は新しい店がオープンしたとき決まって三日間というもの閑古鳥が鳴くのだ。

 仙造は、今回も諦めて腹を括った。とみ子もそれがわかっているからか、いつもの屈託のない明るさが影を潜めてしまっている。


 仙造の思惑はまったく見事に外れた。高を括っていたのだ、いつものように三日もしたら落ち着くに違いない、と――。

 ところが偉龍如は開店して一週間が過ぎても、行列のない日はなかった。いや、煽りを喰らったのは仙造の店だけではない。あれほどラーメン街道の名声を欲しいままにしていた「麺辰」さえも客を奪われてしまっている。

 このままこの状態がしばらくつづいたなら、ただでさえ客が減って逼迫しているところにきて、追い討ちをかけられることになる。そうなれば間違いなく店を閉めなければならない。仙造は顔を曇らせながら長嘆息を吐いた。


 ラーメン屋としての頑固なプライドがあるためと、道路の反対側ならともかく、同じ並びの店に顔を覗かせるのは、偵察に来たことを悟られてしまうので、それが大きく決心を鈍らせたが、いまならまだ顔も知られてないだろうと思い、ある日思い切って偉龍如の開店前にとみ子を並ばせた。長い時間並んでまでも食べたいほどのラーメンの味をどうしても自分の舌で確かめたかった。


 店の玄関に三十分開店を遅らせる貼り紙をして、偉龍如の開店間際にとみ子のところに顔を覗かせた。それでも順番は七番目くらいだった。

 仙造がとみ子に近付いたとき、すぐ後ろにいた若い女学生風のふたりに嫌な顔をされたが、二、三度すまなそうに頭を下げて割り込みをした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る