第4話
仙造は白衣に袖を通し、おもむろにタバコに火を点け、何かを考えるように一服すると、白い前掛けの紐をきりりと絞めた。
「おーい、そろそろ暖簾出してもいいぞ」
そういいながら寸胴のスープの感じを確かめる。
「はーい」
暖簾を出しに外に出たとみ子は、近所の人が通りかかったのかすぐに店に入って来なかった。とみ子は、生まれ持った性分がそうさせるのであろう、近所付合いとか接客に関しては超絶するものがあった。こればかりはさすがの仙造も一目置いている。
店に戻ったとみ子は、レジの中の金を確認したあと、注文伝票を整え、客がいつ顔を出してもいいように準備をした。
――暖簾を出してから一時間が経った。客の入りがよくない。仙造は堪りかねて店の前に出ると、左から右の方に首を廻して人の通りを覗った。
確かに人の姿がいつもより少ない。ところが、五軒あるラーメン屋の真ん中に一年前に開店した「麺辰」だけは行列ができている。仙造が見るときはいつもこうだった。
麺辰のラーメンは、極細の麺で、スープはこってりとしたトンコツに背脂がかけ廻してある。仙造の店は中くらいの太さの麺で魚介系のスープと、まったく正反対のラーメンだった。
仙造は、麺辰のラーメンを一度だけ食べたことがある。一年前のオープンしたての頃で、まだ競争相手と知られる前にとみ子と偵察に出かけたのだ。そのときのとみ子は、店に戻ったとたん亭主に気を遣ったのか、「あんなくどいラーメンは一度食べたら当分食べる気にならない。きっと長つづきしないわ」と、吐き棄てるように言った。ところが、とみ子の言葉とは裏腹に、いつ見ても行列のできない日はないくらい街道ではいちばん人気の店に昇り詰めてしまっていた。
結局閉店である午前一時までに入った客の数は、七人という寂しいものだった。夜だけでいうと、売上は7千円にも満たない数字で、材料代さえままならない状況に頭を痛めながらきょうの暖簾をしまった。後片付けをし、明日の段取りだけを済ませると店の灯りを落とした。
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