アルヴィース家の当主Ⅲ
「…………父上」
厳格な人だった。
名門アルヴィースの当主として、常に毅然としていた。人を差別することなく、仕事に邁進していた。厳しくも優しく、僕を、ミリアを、母を守ってくれた。誇らしい、立派な父だった。
「ぐっ…………う、う……」
涙が溢れた。
もう、僕の家族はいない。
父上も母上もミリアも、みんな、死んでしまった。
今、素直な感情にすべてを委ねたら僕は終わる。これを受け入れたら、僕は動けなくなる。心が砕け散る。父の、母の、ミリアのために、そうなるわけにいかなかった。
だから唇を噛みしめて堪えた。血が出るまで強く噛んだ。握りしめた手に爪が食い込む。
燃えた天井の一部が崩れおちてくる。さらに火の手が進んだ。
脚を叩く。
――立て。早く立ち上がれ!
ここで僕が終わったら、アルヴィースの血は途絶える。それだけはいけない!
僕は生きて、生きて、生き抜かなければいけない!
「ぐっ……う、あああああああああああっ!」
自分を奮い立たせるように大声を上げて立ちあがる。
するとそこで、僕を呼ぶ声が聞こえてきた。
「リゼル様っ!」
「――!? ア、アミカ!!」
広間の入り口に彼女の姿があった。
すぐに走って彼女の元へ向かう。途中、何度か転びそうになった。
アミカは頭から血を流し、右腕を抱えた状態でよろよろと僕の元へ向かおうとしていた。そばに辿り着いて抱擁を交わす。アミカはボロボロの身体で、ホッと安心したように微笑んだ。
「よかった……! リゼル様……ご無事だったのですね……!」
「アミカ……君こそ、生きていてくれたのか! 本当に、良かった……!」
彼女の手を握る。確かにまだ生きている、アミカの温もりが感じられた。もう誰も生き残りはいないと思っていた。だから、アミカの存在は大きな救いだった。
アミカは優しく笑った後、すぐに表情を引き締めて僕の手を引いた。
「それよりもリゼル様、すぐにお逃げください! 既に屋敷中に火が回っております! 近くに夜魔が隠れている恐れもあります! さぁ、早く!」
アミカは僕の手を引っ張って走り出す。既に満身創痍であるはずの彼女は、それでも必死に僕を生かそうとしてくれていた。彼女は昔から、こうして僕のことばかり考えてくれた。
しかし、廊下に出たところで僕は足を止める。
「リゼル様っ!?」
アミカが僕の方を振り返る。
「ダメなんだ、アミカ」
「ど、どういうことですか? 早く屋敷から逃げなければ!」
「僕は逃げちゃダメなんだ!」
アミカがびくっと身をすくめる。
身体は震えていた。今すぐに彼女と二人で逃げたい。その気持ちを必死に抑えながら、僕は言った。
「……僕は逃げない。父上の意志を継ぎ、誇り高きアルヴィース家の長男として、当主にならなければいけない! それが、僕の宿命なんだ!」
「リゼル……様……」
アミカの手から力が抜けていく。
僕はふっと微笑んで言った。
「ごめん、アミカ。君だけでも早く逃げてくれ。君が生きていてくれたら、僕はそれが一番嬉しい」
「リゼル様……そ、そんな!」
「さようなら、アミカ。今まで――ありがとう」
僕は踵を返して走った。
こんな状況で彼女を巻き込むわけにはいかない。
すぐに試練を受け、当主にならなければならない。その先に何が待っているのかわからないけど、今、僕がそれをやらなきゃいけないということだけはわかるから!
「リゼル様っ!!」
「――!?」
走り出した僕の腕がグッと強く掴まれた。
追いかけてきていたアミカが、僕を引き止めたのだ。
アミカは眉尻を上げ、真剣な顔で叫んだ。
「待ってください! 私は……私はずっとリゼル様のお側にいると誓いました! 私を置いていかないでくださいっ!」
「……アミカ」
「私も行きます! もう、あなたの元を離れません!」
彼女の瞳は、真っ直ぐに僕を見つめていた。
だから僕は――アミカの手を強く握り返した。
「わかった。一緒に来てほしい、アミカ!」
「はい!」
僕たちは走り出す。
父上が言い残した、地下の『アルヴィースの石碑』へと向かって。
――そして辿り着いたのは、屋敷の地下。
今も燃え続けている地上とは違い、石作りの地下は暗く、冷たい、じっとりとした空気を孕んでいる。普段はアミカたち使用人たちが食料や備品などの貯蔵を行っている場所だが、僕たちはそんなものは無視し、『
行き着いた先にあったのは、一つの小部屋だ。ここは、僕が一度しか入ることを許されなかった場所である。
「リゼル様、これは……」
「代々のアルヴィース家当主を祀る石碑だよ。一度だけ父に連れてこられたことがあるんだ。父は死の間際、僕にここへ行けと言い残した」
「ということは、ひょっとして……」
「ああ。きっと、この先にアルヴィースのダンジョンがある――!」
僕は父から授かったアルヴィース家の紋章を手に取り、石碑へとかざした。
すると石碑に光るアルヴィースの紋章がパァァァと浮かび上がり、石碑の立つ石床がゴリゴリと擦れる音を立てながらスライドしていく。
そうして現れたのは、深い闇への入り口。そう、ダンジョンへ続く地下階段だ。
アミカがギュッと僕の手を握った。
「リゼル様」
「アミカ……ああ、行こう!」
僕たちはうなずきあい、その階段を降りた。
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