第一章 覚醒せし魔王

アルヴィース家の当主Ⅰ


 今日は僕――『リゼル・ガウ・リッヒ・アルヴィース』の十六歳の誕生日だ。


 それはつまり、アルヴィース家当主になるための“試練”を受ける日でもある。



「リゼルよ。こちらへ来なさい」

「はい、父上!」



 アルヴィース家の大広間。今はパーティー会場として使用されているここには、着飾った百数十人という客人がいて、壇上の僕と父を見つめている。


 父の前にやってきたところで足を止める。

 厳格な父は、真っ直ぐに僕の目を見ていた。


「リゼル、今日でお前も十六だ。心構えは出来ているな」

「はい」

「アルヴィースの血を継ぐ者として、古のダンジョンより『家宝』に認められたとき、お前は正式にアルヴィースの当主となる。それは死の危険すらある試練だ。しかし――お前ならば必ず試練に打ち勝てるだろう」

「はい。必ずやご期待に応えてみせます! 父上のように、立派な当主になるため!」

「そうか」


 父の前で頭を下げる。

 僕が顔を上げたとき、父が僕の胸元にアルヴィース家の紋章を着けてくれた。これは試練を受けるための証。そしてダンジョンより家宝を持ち帰ったとき、僕は正式にアルヴィースの当主となれる。


 父が周りには聞こえないほどの声量でぼそりとつぶやいた。


「……私は、とうとう『王』にはなれなかった」

「――え?」

「お前は本物になれ。さぁ、ゆくがいいリゼル。皆がお前を待っている」

「あっ――は、はい!」


 再び父へ頭を下げてから壇上を降りる。

 

 ――『王』にはなれなかった?

 確かに父は国を統べる者ではない。王を目指していたわけでもないだろう。一体どういう意味なんだろうか。


 そんな疑問を持っていた僕の前に、一人の侍女が立っていた。


「リゼル様、こちらへどうぞ」

「ああ、ありがとうアミカ」


 メイドのアミカに先導されながら、大広間を出た廊下の先にある控え室へと向かう。これからダンジョンへ行くために準備を整えるのだ。


 その途中、すれ違う人々からたくさんの声を掛けてもらった。


『さすがはリゼル様。あの歳で既に堂々とした当主の貫禄をお持ちだ』

『勉学や武道、魔術の才能まで備えながら、ご家族や友人、下々の者にまで分け隔てなく接する優しさを持つ方なのよね。まさに貴族の鑑だわ』

『アルヴィース家の跡取りとして申し分ない! これならアルヴィース家は安泰だな!』

『試練も間違いなく合格ですわ。今日、この日を祝うことが出来て光栄です』

『リゼル様! ご立派ですぞ!』

『これは祝いの酒が美味そうだ!』

『気が早いぞお前たち。リゼル様に無用なプレッシャーを与えるでない』


 笑い声に包まれる会場内。僕の誕生日パーティーを祝うため、そして僕が受ける試練を見守るために集まってくれた貴族たちだ。皆、古くからこのアルヴィース家と関わりのある方たちばかりで、僕も小さな頃から良くしてもらっている。

 さすがに少々気恥ずかしかったが、本当に嬉しかった。彼らの期待に応えるためにも、僕は必ず試練を乗り越えなくてはならない。


 そんな思いで広間を抜け、長い廊下を歩き、辿り着いた控え室の扉をアミカが開けて僕を中へと促す。


 扉を閉めて二人きりになると、さすがに緊張が抜けて深い息を吐いた。


「お疲れ様でした、リゼル様」

「はは。さすがにあの会場は少し緊張したよ。アミカ、僕は変ではなかったかな」

「とんでもございませんっ、大変にご立派でしたよ! リゼル様が今日、とうとうご当主になられるのかと思うと、私、ちょっぴり涙が出てきてしまったくらいで……ひ、必死に堪えておりました」

「アミカも気が早いなぁ。けど嬉しいよ。今まで僕を見守ってきてくれてありがとう。これからも……その、で、出来れば長く傍にいて欲しいんだ。僕を支えてくれ、アミカ」

「リゼル様……はい! 喜んで!」


 アミカは目元を指で拭って、満面の笑みを浮かべてくれた。美しい栗色の髪と瞳、そしてその愛らしい笑顔は出会った頃から何も変わらない。

 四つ年上の彼女は、僕の十歳の誕生日にアルヴィース家へと奉公にやってきた。以来、僕の専属メイドとして六年ほどの付き合いがある。少しドジなところはあるけど、いつも誠心誠意で尽くしてくれる。僕にとってかけがえのない存在だ。


 それからダンジョンへ向かう支度を始め、冒険服に着替えているところで、控え室の扉が乱暴に開かれた。


「――お兄様っ!」


 勢いよく飛び込んできたのは、華やかなドレスを纏った小柄な少女だった。


「うわっ!? ミ、ミリア!」


 突進する野生動物のように僕へと飛びついたきたのは、妹のミリアだった。まだ十歳と幼く、こうしてよく僕にくっついてくる。いつものことなので、アミカは驚くこともなくクスッと笑っていた。


「お兄様! とってもかっこうよかったです! これからダンジョンにむかうのですよね! お兄様ならぜったいにだいじょうぶです!」

「励ましにきてくれたんだな。ありがとうミリア。だが……ちょ、ちょっと離れてくれないか。これでは着替えられないよ」

「あ、ごめんなさいお兄様!」


 ミリアは僕から慌てて離れると、可愛らしく舌を出してお茶目な素振りを見せる。

 続けて、今度は母が部屋の中へと入ってきた。


「ミリア! お兄ちゃんの邪魔をしてはいけませんよ!」

「ご、ごめんなさいお母様! でも、どうしてもお兄様の応援がしたくて……」

「昨晩もずっとくっついていたでしょう。ごめんなさいねリゼル」

「大丈夫です、母上。ここまで立派に育てていただいた御恩をお返しするためにも、必ず、母上とミリアに良い結果を報告致します。どうかお待ちください」

「リゼル……」


 母の目に光るものがあった。ミリアは「うん!」と輝くような笑顔でうなずく。


「お兄様! 帰ってきたらみんなで盛大にお祝いしますわ! かならず、帰ってきてくださいね! ミリアとのやくそくです!」

「ああ。約束だミリア」


 妹と指切りの誓いを結ぶ。母上とミリアはそのまま控え室を出て、大広間へと戻っていった。


 最後にアミカも部屋を出ていったところで、一人残された僕は剣を握りしめながらしばらく精神を集中させていた。


 これから向かうのは、アルヴィース家の所有する古のダンジョン。そこには『夜魔』と呼ばれる怪物たちが徘徊しているという。低級な夜魔とはいえ、もちろんまともに攻撃でも受ければ致命傷だろう。死ぬ可能性だってある。


 しかし、その恐怖から逃げるわけにはいかない。

 父上や歴代の当主たちも皆この試練を乗り越えてきた。アルヴィース家の“家宝”に認められて、初めて当主となれる。そのために心身を鍛え上げてきたのだ。僕は長男として、このアルヴィース家を継ぐ者として、母と妹を守るために、必ず生きて帰ってくる。


「――よし」


 準備は整った。

 さぁ、大広間へ戻って出発の挨拶をしよう。そして、父上からダンジョンの“入り口”を聞かねばならない。アルヴィース家のダンジョンは特別な場所であるため、当主しかその場所を知らないのである。


 そして足を踏み出したときだった。



 ――ガダァン!


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