第3話 菜の花や月は東に日は西に

 5月11日の大会の後、5月16日のたそがれ時、海岸線を走るバスから私が見たのは、西の山間やまあいに沈みゆく太陽と、それに呼応するかのようにして、静かに海の上、宵闇の空に現れた白い月でした。(蕪村が見たこの情景とは、5月6日頃ではないかといわれていますが、因みに今日2019年5月19日が満月です。)


 中堅として火の玉のように熱い拳法を演じた2年生が試合場から消えると、今度は月のように、静かだがくっきりとした存在感をもつ4年生が大将として登場する。

 太陽は熱すぎて眩しすぎてその姿形を見ることはできないが、月はじっくりとその美しさ(戦う姿・技術)を見ていられる。


 私は学生時代、7人制の試合ばかり経験してきたので、それぞれの出番がもつ役割というものがぼやけてしまって、よく理解していなかったようです。

 今回、女子の3人制という究極まで切り詰めた試合形式を見ることで、改めてそれぞれの役割というものを理解できました。つまり、先鋒・中堅・大将とは、芝居に於ける「序・破・急」或いは「起・承転・結」に相当する、ということ。

 

 先鋒というのは強力な錐で穴を開ける。そこに中堅が食い込んで引っかき回し、最後に大将が決着をつける。「解き また結ぶ」 (種村季弘 「ドイツ怪談集」「こおろぎ遊び」)。


 この試合、彼女自身は負けたにもかかわらず、勝ったのか負けたのかわからないほど、彼女の元気の良さが印象に残りました。

 彼女の前に戦った先鋒は勝利しましたが、派手な勝ち方ではなく、静かに勝ちを収めたという感じで、これはこれで良いのです。

 そして、中堅の元気のある試合ぶりは、敗れたとはいえ、このチームの攻撃精神・元気の良さを相手チームや観客に強く与えました。

 こういう活気のある場を自分の前の演者が作り出してくれると、それに続く者(大将)は非常に気持ちが楽になる。一勝一敗で来て、この戦いは最後の自分にかかっているというプレッシャーがあるにせよ、自分の前の選手が思いっきり試合場を飛び回り、引っかき回してくれたその「動きの軌跡」というのは、大きな安心となったにちがいない。

 中堅の選手が試合に負けても、その負け方が、元気いっぱいに・攻撃一色で敗れたのであれば、それに続く者としては、むしろ「よーし、私が骨を拾ってあげる。落とし前をつけてやろうじゃないか。」という強い気持ちで試合に臨めるのです。


 中堅の選手とは試合全体のかなめ

 先鋒が勝てば、更にここで勝ちを固めて大将につなげる。

 先鋒が負ければ、その沈んだ雰囲気を一気に盛り返して大将戦につなげる。

 元気いっぱいの中堅が試合の流れを変え、それが具体的な得点・勝利へとつながる。

 

 この試合、端から見ていた私だけの勝手な妄想かもしれませんが、また、このチームの大将自身非常に強い方なのですが、この中堅の元気の良さで「場をならしてくれた」おかげで、大将の持つ強さが、まるで月のように落ち着いて確実に勝利を得る、という流れになったのではないでしょうか。


 これぞチームワーク、個人競技に於ける集団での連係プレーの醍醐味。

 個人の果たす努力がチームとしての成果に精神的・形而上的に貢献する。

 単に勝った負けたではない、1か0《ゼロ》だけではない、目に見えない心情的・雰囲気的な戦いの様相を、この試合で見せてもらったのです。



 2019年5月19日

 平栗雅人



 


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