『146、膨らむ怒り』
俺たちは慌てて駆け寄って牢屋の中を確認する。
そこには、イグルのように傷だらけのブルミさんが横たわっていた。
お披露目パーティーの時のような、優しそうでもあり気の強そうな顔はもうしていない。
彼女の目に浮かんでいるのは明らかな怯えだけ。
「ブルミ、分かる?アスネよ。リレン、早く回復魔法をかけてあげて!」
「分かった。パーフェクト・ヒール!」
両手をブルミさんに向けて突き出すも、緑色の粒子はブルミさんに当たる前に弾ける。
これは・・・ディッセの時と同じ!?
「どうして回復魔法が効かないんだろう。まだブルミさんは死んでいないはずなのに!」
「この牢屋のせいよ。これ自体が特殊な魔導具の1つなの」
「エルフたちはツバーナさんのように魔導具作りを得意としている人が多いからね・・・」
未知の魔導具があっても不思議ではないというわけだ。
それを分かっているのか、アスネお姉さまも悔しそうな顔をしてから牢屋に齧りつく。
「どこかに解除できる箇所はないかしら・・・」
「みんなで探しましょう。ブルミお姉ちゃんはこんなところで死ぬべき人じゃないです!」
誰も大げさだとは思わなかった。
よく目を凝らして見れば、お腹の辺りからも赤黒い血が流れ出ている。
このままでは本当に死んでしまいそう。
「ダメ。この魔導具は開発者でなければ壊すことが出来ない。無理に解除したら・・・」
「したら?」
「牢屋の中に古代魔法が1つ、雷魔法が降り注ぐ。上級どころか超級クラスの雷がね」
超級というのは、上級のさらに上をいく魔法の威力だ。
昔は希少ながらも使い手がいたと言われているが、今は絶えたと伝えられている。
そんな魔法が直撃したら!
「ブルミ、その開発者っていうのは誰なの!?」
「ブルミお姉ちゃん、そいつはどこにいるはずなの!?」
アスネお姉さまとアリナお姉さまが必死に呼びかけるも、ブルミさんは口を開かない。
――いや、正確には開けないかな?
俺は医者ではないが、素人目に見てもブルミさんの命は消えかかっている。
開発者とやらを探してからここに連れて来る時間はないだろう。
「アスネ、アリナ、私の話を聞いて」
「ちょっと待ってよ。ああ・・・早く開発者とやらをここに連れてこないとブルミが・・・」
「私の話を聞けって言っているでしょう!?」
焦っており、半ばパニック状態に陥っているアスネお姉さまを正常に戻した声。
それはブルミさんが最後の力を振り絞って出したものだった。
「どうしたの・・・?」
「私はもう長くないわ。もうすぐ死ぬんだと思う。それと・・・開発者を連れてくるのは無理よ」
「どうしてよ!」
「開発者が殺されたからよ。今となっては解除方法を知っている者はいないわ」
多分だが、父上に殺されたのだろう。
父上――モルネは昔から用心深い性格だったから、国王として20年間も生きてこれた。
だから今回もそうだろう。
「ふざけないでよ。私がブルミを諦められると思っているの?」
「そうだよ。あまり王城から出れない私たちと最初に友達になってくれたのは・・・」
怒りと悲しみが混じった静かな声が地下室に響く。
こうしている間にも、ブルミさんは苦悶の表情で迫りくる死を拒絶しているようだった。
「死ぬ前にこれだけは伝えておくわ。あなたたちとの時間は楽しかったわ」
「本当に・・・いつも王族に対する態度とは思えないわね」
「そこが良かったんだけどね・・・。もうブルミお姉ちゃんが淹れるお茶が飲めないのか・・・」
お姉さま2人の目からは涙が溢れていた。
しかし、お別れをしなければならないと分かってからは静かにブルミさんを眺めている。
――2人は強いな。
俺なんか孤児院を出るときは、涙を怖がって友人に別れの言葉を言えなかったっけ。
「今まで私と仲良くしてくれてありがとう。2人はこれからも王女として頑張ってね」
「ええ。こちらこそ今までありがとう。――さようなら」
「ブルミお姉ちゃん、今まで本当にありがとう。最後にあなたのお茶を飲みたかった」
「妹は任せておけ。フォルス家が責任を持って世話しよう」
その時、今まで黙っていたイグルが声を上げた。
彼は俺の手で治癒魔法をかけられており、傷などは全て完治している。
「ふふ。それが聞けただけでも嬉しいわ」
そう言って微笑んだ彼女は、別れを惜しむかのようにゆっくりと瞼を閉じた。
この場にいる誰もがお別れの時だと感じ取る。
「ブルミ・・・。弟を殺そうとしているだけでなく、親友までも殺した父上が憎い!」
「絶対に倒してやる!」
お姉さま2人はブルミが亡くなったのを感じ取ると、天井を物凄い形相で睨みつけた。
その目には涙が溜まっていた。
胸が張り裂けそうなほどの悲しみで埋め尽くされた地下室に怒りが広がる。
次々と襲い掛かって来る悲しみの連鎖は止めないと。
俺たちは顔を見合わせ、父上たちがいるであろう最上階を目指して進んでいく。
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