『103、イルマス教の内乱(三)』

まさか、国の兵士のほとんどが出払っているときに竜が出るなんて!

今から引き返しても4日以上はかかるし、その間に国が崩落する可能性だってある。

それにイルマス教国の件もあるし、八方塞がりと言った感じだ。


「もう1つ。リアム様からの伝言です。“こっちは大丈夫だからイルマス教国をお願い”」

「分かったけど、絶対に死なないでって伝えてくれる?」


生きてさえいればやり直せるかもしれないが、死んでしまっては元も子もない。

ゆえにこの条件は一番大事である。


「すぐにお伝えしてきます。それと・・・門の外にいる黒龍騎士たちはどうしますか?」

「それなのよね・・・誰か救援に来てくれないかしら」


マイセスが苦々しげに呟くと、ツバーナが何かを思いついたかのように顔を上げた。

目には希望の光が宿っているように見える。

もしかして、救援に来てくれる兵士たちに心当たりがあるのだろうか。


「黒龍騎士って言ってたわね。それ、もしかしたら敵じゃなくてエルフの軍かもしれない」

「エルフですって!?そういえばあなたはエルフの王女だったわね」

「うん。エルフの騎士団が人間界で戦うときは黒い鎧を着るっていう決まりがあるから」


でも、門の前にいた黒龍騎士には怖がっていなかったはず。

それに彼らもツバーナを見て、特別な反応をしている様子がなったのが引っかかるな。

今、地下室にいるはずのアイツらは何だったのだろう。


「でも、門の前で襲われた黒龍騎士は誰なの?あれもエルフの騎士じゃないの?」

「アイツらは違うわ。恐らくはイルマスの偽兵ね」


つまり、デーガン派の騎士たちが黒龍騎士の格好をして油断させる算段だったと。

でも俺たちがまだ到着していないというのは計算外だったらしい。

教会本部に入るためには倒さなければいけない敵と考えていたから、早々に戦ったし。

デーガン派、救援偽装作戦破れたり!


「じゃあ街の中に入れる?あなたたちも、ここら一帯を巡回していた方が安心でしょ」

「シスターさん、それは待ってください。偽物である可能性もあります」


マイセスの横に控えていたシスターの提案をボーランが冷静に制止する。

確かに、それは時期尚早だ。

どうしても、敵を自ら本拠地に招くという事態を引き起こす可能性があるからね。

いつもよりも慎重にいかなければ。


「でも、このままでは埒が明かないのも事実。だからツバーナに確かめてもらおう」

「この王都にはデーガン派はいないんだよね?」

「いません。侵入していた兵士たちも獣人に気を取られていたところを捕縛しましたし」


堂々と答えたのは、金色の鎧に身を包んだ少年だ。

森の奥のように深い緑色の瞳には、ボーラン以外は誰も映っていないように見える。

一体、何の目的でボーランを見ているんだ?


「申し遅れました。イルマス教国の騎士団長を務めているベーラ=リックラントです」

「あ・・・ボーラン=リックです。よろしくお願いします」


自分の前で自己紹介をされてしまえば、自分も名乗らなければと思ってしまう。

人の心理を上手く使って情報を得ようとしているな。

それにしても、彼らの名字であるリックとリックラントって響きがどことなく似ているよね。


「門までは僕が護衛いたしましょう」

「彼は強いんです。何としても17歳の若さで魔剣士の称号を得ているんですから」


魔剣士って・・・ボーランが目指しているものじゃなかったけ?

まさか、こんなところで本職と出会えるとは思っていなかったのか、ボーランも固まる。


「じゃあ・・・お願いします」

「分かった。ツバーナさんもいいですよね?さっさと内乱なんて終わらせましょう」

「そうですね。私は役に立つか分かりませんが頼みます」


ボーランは素直に頭こそ下げているが、目の前の魔剣士から技術を盗む気満々だ。

転生者だからか行動もそれっぽい。

俺も同じ立場だったら、技術を目で分析して真似しようと試みるもん。


「それじゃ行ってきますね。大丈夫だとは思いますが、ここを動かないようにお願いします」

「ええ。気をつけてね」


納得がいかないのを必死に押し殺しているのか、マイセスが引き攣った笑顔を浮かべる。

ベーラは満足げに頷いてから馬車の御者席に飛び乗った。

教会本部を出発していくのを見届けると、マイセスはどんどんと険しい表情になっていく。


「まったく・・・私のことを本気で得ようとしているのかしら?・・・ああ、気持ち悪い!」

「えっと・・・お姉ちゃん、大丈夫?」


聞き慣れない甲高い声に振り向くと、獣人の少年の純粋な目がマイセスを射貫いていた。

マイセスは途端に慌てだす。


「私は大丈夫。それより心配なのはあなたよ。どこも怪我はない?」

「僕に怪我はないけど、お母さんとお父さんは、黒い服を着た人に連れていかれちゃった」


年齢は・・・8歳から10歳くらいだろうか。

彼が言うには猫の獣人の一族らしく、小さな耳と尻尾が特徴的な少年だ。

それにしても・・・黒い服の人って・・・。


「もしかして、黒龍騎士に変装していたデーガン派の人間かしら?」

「ああ、その可能性は高いだろうな」


フローリーが少年に視線を向けながら尋ねると、エーリル将軍が苦い表情で頷いた。

腰の辺りでは強く拳が握られている。


「おっと、動くなよ。お前たちが柱の陰に潜んでいることが分かっているんだからな」

「えっ・・・柱の陰に誰かいるの!?」


エーリル将軍が気配を察知して後ろを振り向くと同時に、フェブアーが冷酷に告げた。

柱を凝視すると、何かが動いている気がしなくもない。

敵か味方かは現時点では分からないが、コソコソとしているから普通に考えれば敵か。


「陰でコソコソしていないで出てきなさい!どうせ私が目当てなんでしょう!?」

「マイセスさん、危ない!古代魔法発動、サンダーパレット!」


ナッチさんが古代魔法を発動すると同時に、柱の陰から火魔法が放たれる。

一直線にマイセスに向かっていったものの、雷に打たれて軌道が変わってしまった。

曲がった火魔法は獣人の少年の方に向かっていく。


「マズイっ!フローリー、その子を連れて今すぐ逃げて!」

「残念だけど、こんな魔法は僕に効かないよ。古代魔法発動、攻撃魔法吸収」


少年が魔法を唱えると、火魔法が跡形もなく消滅した。

柱の陰から出てきて少年を攫おうとしていた兵士たちも、呆気に取られるしかない。


「さて、やっとまともに戦えるな。覚悟してもらおう」

「エーリル将軍、私が倒す分もちゃんと残しておいてくださいよ?」


自分たちが目の前の兵士に負けたり、苦戦したりするとは微塵も思っていないのか。

部屋の隅っこで苦笑いを浮かべるしかない。

周りを見回してみれば、マイセスもフローリーもカルスも同じような顔をしていた。


しかし、スイッチが入った将軍たちが強いのも事実。

10倍はいるであろう兵士たちの攻撃を上手く捌いて、反撃を繰り出して後退する。

まるで剣舞でも見ているかのように感じられるな。

数分で襲撃者は撃退され、教会本部の床は血と死体で惨々たる状態だ。


「皆さん、ちょっと来てください。教会が汚らわしい血で汚れているのはいただけませんわ」

「ちょっと・・・わざわざ人を呼んでどうするの」


ツバーナが慌てたように制止するが、大勢の人が歩いてくる足音が広間に響き渡る。

気配を消した歩き方・・・どちらかの兵士で間違いない。


「ほら、まだ敵の兵士たちがいるかもしれないわ。下手に人を呼ぶのは危険なのよ」

「お呼びになりましたか。マイセス様」


足音も気配も立てずにフローリーの後方まで距離を詰めたのは、何故かベーラだった。

ボーランとツバーナを馬車で連れていったはずだが?


「何であなたがここにいるのよ?黒龍騎士の正体は掴めたのかしら?」

「黒龍騎士?そんな変な兵士が出ているなら、僕にちゃんと伝えて下さいよ」


話が噛み合っていないんだが。

まさか・・・考えたくはないが、さっきのべーラは偽物だったのか?

もちろん今の彼が偽物だという可能性もあるが、極めてその可能性は低いだろう。


なぜなら、さっきのベーラは御者席に乗ったからだ。

普通は、今みたいに控えている騎士たちにやらせるものじゃない?

そんな俺の予想を肯定するかのように、ピンクの髪をした少女が扉から入ってきた。


「彼は本物ね。だって私が倒した方が偽物だったのだから」

「黒龍騎士たちの力も借りて捕縛しておきましたから、確認してみてください」


ボーランが床に1人の男を転がした。

その顔は・・・ベーラにそっくりな顔をしていたという。

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