『104、イルマス教の内乱(四)』
床に転がされた男を見て、最初に行動を起こしたのはフェブアーだ。
マイセスの前に立ちふさがると、剣を自身の体の前で横向きに構える防御を取った。
「ライフ・バーンだっ!彼の体が光に包まれているぞ!」
「みんな、隠れて!どんな魔法が来るのか分からないから危険だ!」
彼女の叫び声とともに全員が柱の陰に隠れたり、隣の部屋に避難を開始する。
見ていると、火の玉が徐々に男の頭上に浮かんでいく。
火魔法かとも思ったが、火の玉の膨張は止まることを知らず、どんどんと膨らむ。
「膨張する火の球・・・まさか爆発!?」
「爆発する魔法が来る可能性が高い!皆さんも体を守って!」
ボーランが叫ぶのとほぼ同時に、教会本部の中が轟音と炎に包まれる。
地震かと思うような揺れが収まり、閉じていた目を開くと、そこには惨劇が広がっていた。
装飾のようなものは全て吹き飛び、建築の基礎が剥き出しだ。
床には大きな穴が開き、その中心に転がっていたはずの男の姿は既にない。
「ライフ・バーン。禁忌の魔法がまた使われたのか」
「ボーラン、その名をどこで知った?この魔法の名前は一部の人しか知らないはずだが」
エーリル将軍が険しい顔をする。
ボーランは思い出そうと頭を捻っていたが、やがて手を叩いた。
「そうだ、お爺様が言っていたんです。“儂が生み出してしまったとんでもない魔法だって」
「君のお爺さんというのは何者なんだ?剣を教えている上に魔法の開発者だと?」
「名前はボールス=リックラント。魔法学者とか言ってたっけ?」
その名前を聞いた途端、恐らく全員が目を見開いただろう。
ボールス=リックラントは有名な魔法学者と剣術家で、この国で知らないものはいない。
光魔法の使い手は闇魔法を感知するというのを発見したのも彼だったとか。
でも・・・ベーラと名字が同じなのは何でだ?
「その人、僕の叔父さんだ。僕とボーランくんは親戚同士だったのか」
「なぜか名字が省略されているな。何でだ?」
驚いたようにベーラが呟き、フェブアーが最もな疑問を漏らす。
お爺さんは“リックラント”という名字なのに、孫のボーランの名字は“リック”だけだ。
「お父さんが変えたんです。お父さんは剣とか知らないから」
「なるほど。ボールスの息子なら剣を再び教えてくれるんじゃないか、とか思うもんね」
フローリーが納得したような表情を見せた。
その時、ツバーナが後方にいる黒服の集団の存在を思い出したらしく、咳ばらいをする。
「コホン。彼らがエルフ王族直属の軍勢、黒龍騎士です」
「黒龍騎士団の団長をしておりますアモネと申します。よろしくお願いいたします」
挨拶をしたアモネは20代くらいの見た目をした女騎士だ。
長寿種族のエルフは老いも遅いから、実際の年齢は見た目だけでは判断出来ない。
「彼女は優秀だから、任せておけば問題ないわ」
「それじゃ、1回寝たら出発するか。このまま王都に籠もっていても埒が明かないからな。
エーリル将軍がそう言いながら立ち上がる。
時刻は既に21鐘を回っており、これから本格的な闇夜になるのは周知の事実だ。
教会本部だから闇討ちはないと信じたいが、これだけ襲撃されてれば無理だろうな。
つまり見張りが必要だということだ。
その後、30分くらいで見張りのシフトが組まれ、俺はエーリル騎士団長と最初になった。
みんなが焼け焦げた階段で上がっていくのを見送る。
「リレン様、1時間単位で変わりますから、眠いとは思いますが頑張ってください」
「分かってる。それに話したいことはたくさんあるしね」
俺が先制パンチの言葉を溢すと、エーリル将軍の眉がわずかに跳ね上がった。
何か聞かれたくないことがあるみたいだな。
聞きたいことのメインは、あくまでも明日から始まる対決の作戦なんだけど。
「デーガンとかいう奴が支配している村はいくつあるの?つまり何回勝てばいいの?」
「全部で9つですね。最後の村はもはや城です」
周りが柵で囲まれているとか、深い堀があるとか、恐らくはそういう類のものだろう。
攻めるのは厄介だが、最初から部隊の一部を向かわせて兵糧攻めにしてやればいいか。
明日に向かわせれば、俺たちが到着することには作戦は成功しているはずだ。
「そうなんだ。後の8つは普通の村か」
「ええ。ですが村人たちに労働を強いて、柵などを設置しているそうですが」
それは意外と厄介だな。
日数が経てば経つほど攻めにくくなっていくタイプじゃん。
ここまでで得た情報を組み合わせると、まず1部隊は速攻策で村を降伏させる本隊。
もう1部隊は、別隊として相手の本拠地を兵糧攻めにするのが妥当だろう。
「なるほど。作戦はもう決まっているの?」
「ええ。事前にリレン様にもお伝えしておこうと思ったのを、すっかり忘れていました」
エーリル将軍が話してくれた策は、俺が即興で考えてた策と同じ。
これなら大丈夫そうだな。
安心したその時、エーリル将軍が投げ出されていた俺の手をゆっくりと握った。
彼女の手は、まるで氷のように冷たい。
「リレン様は怖くないんですか?6歳で異国の地で戦いの大将を務めるなんて・・・」
「うーん・・・怖いよ?すっごく怖い。でも大将がそれじゃマズイでしょ?」
エーリル将軍も、普段は自信に満ち溢れた騎士みたいに振舞っているからな。
俺の言葉の意味は理解できるはずだ。
「私は怖いんです。ここで死んだらどうしようって。負けたらどうしようって」
「エーリル将軍・・・」
見かけだけの俺と違って、彼女は作戦の立案と大将の責任を一手に背負い込んでいる。
その重さはいかほどのものなのか。
重圧ここに極まれりといった感じであることは間違いないだろう。
「ああ・・・リレン様がもっと大人だったらなって思いますよ。それなら責任も軽くなる」
「やめてくださいよ。僕はまだ少年ライフを楽んでいたいです」
少年の頃からしっかりとした記憶があるのは得だな、と最近は思うようになった。
王太子だから気ままにとはいかないけど、それなりに充実しているからね。
「でもリレン様は大人ですよね。普通は王子にそんなことを言ったら、気分を害します」
「こんなことで罰を与えてどうするの。みんなが怖がっちゃうでしょ。」
みんなが怖がってしまえば、それは独裁政権だ。
何かがおかしいと思っても、誰も文句を言えないという捻じ曲がった世界になってしまう。
俺は独裁者になりたいわけではない。
国民に少しでも愛されるような、そんな王になりたいと思っているからね。
「リレン様、エーリル様、お水を用意しました」
「カルスか。やっぱり出来る執事は気が利くな。ありがたく受け取っておく」
「ありがとう。でもちゃんと寝なきゃダメだよ」
カルスは4番目の担当だから、ちゃんと寝ておかないと眠くなってしまうだろう。
体調を崩されても困るし、しっかりと寝てほしいのだが。
「分かっています。これから寝させていただきますね。リレン様も頑張って下さい」
「頑張るよ。あと20分くらいだし」
ポケットの中に入っていた懐中時計を眺めながら呟く。
適度に磨いている時計は、壊れた窓から入る月明かりに照らされて銀色に輝いていた。
その様子を見たエーリル将軍がポツリと言葉を漏らした。
「随分と綺麗な時計だな。もしかして、時計の名工と呼ばれるファース家のものか?」
カルスはコクリと頷く。
偽物の黒龍騎士と戦ったときに、ファース家という名前は聞いた気がするが、時計屋か。
言葉のニュアンスから戦闘一家というイメージがあったが。
「それほど綺麗に手入れされていれば、白金貨10枚くらいの値がつくほどの逸品だぞ」
「白金貨10枚だって!?そんなに高いんだ、この時計」
カルスは親に愛されていたんだなと思う。
普通、こんなに高い時計をくれた従者を無下に扱おうとは思わないもん。
「親に持たされたものを渡しただけですが、まさかそんなに価値のあるものだったとは」
「手入れが完璧だからだな。見たところ傷もないみたいだし」
「大切にしてくれて嬉しいですよ。リレン様、本当にありがとうございます!」
カルスに改めてお礼を言われ、心の中は恥ずかしい思いでいっぱいになったんだ。
だからちょっとぶっきらぼうかもしれないけど、この答えで許して。
「ううん。その代わり、これからもよろしくね」
顔が火照っているのを感じるから、俺の顔は真っ赤になっているのだろう。
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