『102、イルマス教の内乱(二)』

黒龍騎士たちを倒した後、俺たちは彼らの持ち物を剥ぎ取っていた。

この世界では普通とはいえ、やっぱり俺たち転生組からすれば罪悪感が芽を出してくる。


「この鎧、何で出来ているんだろうな。ちょっと見てみるか」

「そうね。全く価値のなさそうな装飾品よりも、こっちの方が気になるわ」


ってなわけで、ボーランとフローリーは黒い鎧の分析を理由に剥ぎ取りを中断した。

俺もツバーナとともに剣を眺めている。


「この剣、ミスリル鉱石で出来てる。でもこの国でミスリルは採れなかったはずじゃ・・・」

「たくさん採れる国っていうのは逆にどこなの?」


つまり、この国で取れないのならば、どこか他の国が支援している可能性が高い。

しっかりと確認しておかなければ。


「確かウダハルがたくさん採れたはずじゃ・・・ってリレン様、危ない!」


ツバーナが俺を押し倒したかと思うと、さっきまで立っていたところを何かが通過していく。

背後の壁に突き刺さっているのは・・・矢?


「風の力を込めた矢を避けるなんて・・・お嬢ちゃんの動体視力はいいんだな」

「あなたたち・・・さっきの兵士たち!すっかり忘れてた!」


ボーランが悔しそうに剣を構えると、横にいたカルスがそれを険しい顔で留める。

そして抜かれた剣を自身で構えた。


「執事が俺たちと戦うっていうのか?やめた方がいいと思うぜ?」

「ご忠告感謝します。ですがファース家のものとして見過ごすわけにはいけません」

「ファース家?何だその家は。どこかの下流貴族か?」


金の鎧がバカにしたように尋ねると、カルスは執事服を脱ぎ捨てて鎧を衆目に晒す。

神々しいまでの白銀の輝きは、2人と比べるのもおこがましい。


「全く・・・鎧の手入れをサボっているからそうなるのです。今すぐ去りなさい!」

「クソッ・・・ここまでコケにされて逃げられるとでも?恥を知れ!三龍ノ型、彼岸花・絶」


いつになく厳しいカルスの口調に気圧されていた騎士たちだったが、すぐに斬りかかる。

立ち直りが早いのも、ここの騎士たちの特徴らしいな。


「絶対にあなたたちは私には勝てませんよ。遅すぎます。一ノ型・改、七斬刀

しちじんとう


素早く7つの斬撃を飛ばす技だ。

通常ならば発動しても斬撃の速度が遅く、実戦には向かない技である。

しかしカルスの放ったそれは速度は段違い。

避ける暇もなく、魔法の詠唱をしていた白銀の鎧に突き刺さった。


「何っ・・・。早すぎる・・・」


自分のお腹に食い込んだカルスの刃を眺め、白銀の鎧が驚きの声を上げて地に伏す。

再起は不能だと思われた。


「戦闘中に隙を晒しすぎですね。この程度ならミグレーでも簡単に潰せますよ」

「ミグレーって・・・元副騎士団長の?」


3年前のお披露目パーティーで俺を襲った3人組のうちの1人だったはずだ。

確か・・・元副騎士団長じゃなかったっけ?


「ええ。彼は私の後輩でしたから。全く・・・あんな凶行に走らなくともよかったのに・・・」

「だから強かったのか。ラスボスみたいに現れたもんね」


お披露目パーティーが終わり、片付けのときに姿を現したのである。

ただ、主従関係を結んだばかりのフェブアーに気配で察知されたというのが・・・ね。

どことなく小物感を出しているんだよな。


「まだ私は倒れていないぞ!四龍ノ型、バーニング・ソード!」

「一ノ型、八方陣

はっぽうじん


8つの方向に斬撃を飛ばす技で炎を鎮火させ、胸を斬り捨てたのはフェブアーだ。

戦うという本来の仕事を取ってしまったカルスに不満が募っていたのだろう。

対抗心を燃やすように一ノ型で倒してみせた。


「私の仕事を取らないでくださいよ。私の仕事は剣でリレン様を守ることなんですから」

「すみません。それではお茶でも用意しますかね」


ゆったりとした口調で言いつつ、用意していたのは回復効果のある薬だった。

回復魔法が得意なフローリーが隣で指導している。


「もうすぐ幻影がたどり着きそうだね。フェブアー、近辺の護衛をお願い」

「分かりました。ツバーナ様、申し訳ないですが、この兵士どもを縛っていただけますか?」

「任せて。ボーランさん、ロープをお願いします」


みんなで連携して幻影を待っていると、やがて1つの影が屋根から飛び降りて来た。

他でもない、ナッチさんの幻影だ。

手には獣人の少年を抱えているが、既に瀕死であることが呼吸で分かる。

すぐに治療しないと。


「カルス、フローリー、早くしないと回復薬が効かなくなるよ!」

「瀕死ってことですか。待っていてください。もう少ししたら出来ますから」

「回復

ヒール

。応急手当としてはそれで十分でしょう。早く薬を飲ませてあげなさい」


教会本部の庭に、鈴が転がるような声が響く。

声の主に視線を向けると、ボロボロになりながらも頑張っているマイセスが立っていた。

顔色も悪くはない。


「お姉ちゃん!この国は大丈夫なの?今は指揮官なんでしょ?」

「大丈夫よ。今はまだ、私の陣営が優勢だからね。そいつらもデーガン側の兵士だし」


隅で縛られている兵士たちを指さして言った。

彼らは2人ともデーガン家の兵士だったということは、ご丁寧に仲間割れしていたのか。

こちらとしては助かるが。


「リレン様、騎士団長クラスの人間を連れて参りました。いかがいたしましょう」

「マイセス、今の戦況を教えてくれ」


エーリル将軍が眩しい金の鎧を着ている兵士たちを連れて来たので、改めて戦況を問う。

こちら側の兵士たちは優秀なのか、鎧の手入れを欠かしていないみたいだ。

カルスも心なしか安心したような表情を浮かべている。


「この王都は私の本拠地なので良いのですが、西側の領地を根こそぎやられています」

「東西対決の様相を呈してるってわけか」


ボーランが難しい顔をして腕を組むと、ツバーナが王都の端を指さして言った。

その顔は青ざめているため、良いニュースではなさそうだな。


「あの大きい門の外に精錬の兵士たちの気配がある。しかも万単位のね」

「何ですって!?そんな大軍に攻められたら勝ち目がないわ!」


教会の制服に身を包んだマイセスが素っ頓狂な声を上げて、建物の扉を開けた。

中に入れてくれた方が、こちらとしてもやりやすいのでありがたい。

さすが教会本部に勤務する巫女姫だけあって、合い鍵を常に携帯しているようだ。


「中に入って。最上階から外の様子を伺うわよ」

「分かった。カルスとツバーナとナッチさんはここで獣人の少年を保護しておいて」

「了解。いざとなったら魔導具で何とかするわ」


期待しているのはツバーナの魔導具ではなくカルスの戦闘力なのだが、まあいいや。

今は敵かもしれない兵の確認だ。

最上階まで駆け足で階段を上ると、門の外の様子がくっきりと確認できる。


「何あれ・・・黒龍騎士がたくさん。気持ち悪い・・・」

「あれだけの数が敵に回るとなると厄介ですわ。どうにかして味方に引き込みたいですね」


フローリーが顔を歪め、マイセスがエーリル将軍に策を乞う。

しかし彼女に妙案は浮かばないのか、頭を抱えてブツブツと何かを唱え始めた。

よく聞くと、黒龍騎士について何かを思い出そうとしているらしい。


確かに黒龍騎士なんて初めて聞いたし、この国には分からないことが多すぎて困る。

一旦、知識の共有を提案してみるべきかもしれないな。


「とりあえず獣人の少年を見に行きましょうか。意識が戻ってたら何か覚えているかも」

「一理あるわ。デーガン側がどうしても手に入れたがってたみたいだし」


ボーランの提案に、マイセスも同意して頷く。

階下に降りると伝令の兵士がカルスたちと話し合っており、彼らは顔を歪めていた。

そばには獣人の子供も座っているのが分かる。


「何を話し合っているのでしょうか?見たところ黒龍騎士の大軍の報告とかかしら」

「ちょっと待ってください!竜が出るかもしれないってどういうことですか?」


ツバーナの叫び声に思考が停止した。

確かにデーガン側の兵士は龍ノ型を使っていたけど、竜が出るのは聞いてないって!


「この国・・・大丈夫かしら?」


マイセスが呟くとほぼ同時に新たな伝令兵が駆け込んできて、衝撃の事実を伝えた。

俺たちは唇を噛みしめるしかない。


「申し上げます!グラッザド王国にて大きな黒い竜が現れたとの報告がありました!」


これは・・・頭を真っ白にするしかないな。

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