『47、異常』
何も言わないその姿は肯定を意味した。
敵はセテンバーかと思っていたが、実は傀儡の領主だったのだ。
裏で糸を引いていたのは執事のスニアであり、彼が現在のドク郡の支配者でもある。
だが、全ての罪をセテンバ―が被るように仕組んでいるため、弾劾されることはまず無い。
聞けば聞くほど怒りがこみ上げてくる。
「その奴隷紋はスニアと彼の息がかかった奴隷商につけられたものだよね」
「そこまで分かるんですね。お察しの通りです」
驚いた表情を見せるベネットの言葉が正しければ、ウダハル王国とスニアは繋がっている。
お互い、何の利益があるのかは全く分からないが。
「じゃあ、ここ最近ドク郡の税が跳ね上がっているのも・・・・」
「スニアの命令です。スニアが白といえばセテンバ―さんは白と言わざるを得ませんから」
どれだけ黒いものでもね。と彼女は付け加えた。
ドク郡の実権は本当にスニアが握っているようだ。これは早く対処しないと。
「あのシャンデリア、1つだけ消えている魔導具があったのよ」
「だからあの灯りをつけているのは奴隷なんじゃないの?消えていたのはあなたの分」
「私は会ったことは無いから正確な数は分からないけど、灯りを点けているのは奴隷よ」
ベネットが身震いした。次々と色々なことを思い出してきているのだろう。
闇に封印したいほどの辛く、苦しい記憶までも。
「明日、城下町に行こう。その前に奴隷紋は解除しないとね」
解除方法など知らないが、奴隷紋は火魔法と闇魔法の合成だと言っていた。
つまり、それぞれの弱点である水魔法と光魔法を組み合わせればいいのではないか。
「呪いよ解けろ。合成魔法、解呪キュア」
紫の禍々しい光が紋章から立ち上って消えると、奴隷紋は綺麗さっぱり無くなっていた。
ベネットが自身の腕を見て、嬉しそうに微笑む。
「本当にありがとうございます!これでやっと地元に帰れる・・・」
「ちなみに君の地元はどこなの?」
「ヂーク郡です。弟が領主なんですが、反乱でも起こさないかと心配で心配で」
ヂーク郡の領主って確か10歳じゃなかったっけ。
優秀な執事であるディッセを擁して何とか政治を行っているって言う。
ここの腹黒執事とは大違いだな。
「ベネットがいなくなったから?」
「そうです。お兄ちゃんは頭に血が上りやすいんですよ。端的に言うと喧嘩っ早い」
それを止めるのが姉であるベネットの役目だったわけか。
ディッセでは上司と部下の関係上、あまり強く言えないだろうからね。
そんなことを考えていると、ドアがノックされた。
「夕食が用意出来たので降りて来て下さいとのご伝言です」
――ドアの向こうから殺気を感じる。暗殺の類か?
「分かりました。今行きます」
返事だけして、護衛のフェブアーに目線を送って開けてもらう。
殺気を感知しているであろう彼女は、ドアを開けるや否や後ろに飛び退いた。
さっきまでフェブアーがいた空間を銀色に輝くナイフが切り裂く。
前につんのめるメイドさんの腕をカルスが手刀で叩き、ナイフを落とさせる。
最後の仕上げと言わんばかりにボーランが足を引っかけてメイドさんを派手に転ばせた。
「痛いっ!全くあの腹黒執事は・・・だから嫌だったのに!」
メイドさんはスニアに対しての怒りを爆発させてから俺たちの存在に気づいたようだ。
「あ・・・ゴメンなさい!どうか不敬罪だけはぁ!」
「土下座はいいから。それにしても初日でこれ?どんだけ僕が目障りなんだよ・・・」
今にも土下座を始めんとするメイドさんを立たせてから呟く。
この館に入ってから1刻も経っていないのに、もう暗殺者を送り込んでくる。
普通に考えて異常な行為だ。
「とりあえずあなたは隠れておいて。暗殺失敗を咎められるとマズイ」
「分かりました。暗殺しようとした不敬者にまで情けを・・・」
「何を勘違いしているのか知らないけど、あなたが暗殺を企てたわけではないからだよ」
俺はそれだけ言うと階下に向かう。
食堂に続く扉を開けると、セテンバ―とスニアの表情が一瞬だけ変わった。
前者はホッとしたような表情になり、後者は苦々しい表情になる。
金の椅子に座った俺は、真っ先にスニアを睨めつけた。
「どういうことですか?ここに来て1刻も経っていないのに暗殺者を差し向けるなんて」
「セテンバー様、そのような行為はいかがなものかと」
スニアが、いかにも出来る執事のようにセテンバ―に向かって進言した。
セテンバ―は瞠目したが、スニアの圧力に耐えられず俯く。
「本当に申し訳ない。理由は聞かないでくれるとありがたい」
「あなたが謝る必要は無い。僕はスニアさん、あなたに聞いたんですよ」
スニアの瞳を真っすぐ見ながら静かに言った。
他の面々も無言の圧力をかけているが、彼に動揺している感じは無い。
「なぜ私に?ただの一執事に第1王子を暗殺する理由があるとお思いで?」
「グッ・・・それもそうですね。何かの間違いのようです」
そっちで攻められたか。今のままでは確かに暗殺する理由は無い。
不正を行っているのはセテンバ―であり、俺はそれを信じていることになっているからだ。
あくまで見かけ上ではあるが。
ここで不正を追及してもいいが、確たる証拠がない上に証拠を隠滅される恐れがある。
そうなったら尻尾を掴むことが出来ない。
最悪、セテンバ―が弾劾される事態にまで発展する危険性があるのだ。
要するに、今の段階で追及するのはリスクが大きい。
それを分かっているからスニアも堂々と事を進められるのだろう。
テーブルの上には色とりどりの料理が並んでいるが、全てが偽りのような気がしてきた。
それは口に入れても同じで、全く味が感じられない。
思い返せば、旅に出るまでの期間はどれだけ恵まれていたのだろうか。
王城の防御機構によって命の危険は全く無く、妙な策を働かせる者もいない。
だが、一歩でも他領に出てみればどうだろう。
策をぶつけ合い、一瞬たりとも油断できない戦場が広がっている。
こんな事があってはならない。
少女が奴隷になり、命が脅かされる国なんてもってのほかだ。
俺が目指す安全な国を作るためには、スニアのような膿を出しきらなきゃいけない。
その道のりは険しく辛いものになるだろうが、俺は絶対に諦めない。
何が何でも目標を達成して見せる。
王族を信じて、この国に住んでくれている国民を守るために。
「ごちそうさまでした。すっごく美味しかったですよ」
「それは良かった。料理人も喜ぶことでしょう」
不正の証拠を掴むまでは、水面下での諍い程度で済ませておくことにしよう。
決して内部監査に来たのではないということを印象づけるのだ。
そうすればスニアの興味も徐々に薄れるはず。
夕食後、お風呂に入りながら俺は街について考えていた。
きっと街の人たちは重い税のせいで上層部に対してあまり良い印象を持っていない。
「この金髪、どうにかしなきゃな。あくまでもお忍びで行こう」
俺はそう決めた。
明日は民衆たちの暮らしをこの目で見て、不正の現実を知ろう。
まあ、とりあえず明日のことは置いておいて、今夜は監査だ。
部屋に戻り、フェブアーの部屋に向かう。
促されて中に入ると、フェブアーとベネットが黒装束に身を包んでいた。
「もう準備を整えていたんだ。早いね」
「監査するなら、みんなが寝静まった夜中にやると思っているでしょ?そこを突くのよ」
ベネットが自信満々に胸を張り、フェブアーが大きく頷く。
「絶対失敗はしませんから、明日の報告を楽しみにしていて下さい」
「分かった。僕は早く寝た方がいいね。もう今日は終わりだと思わせられるし」
フェブアーがついていれば安心だと思った俺は自分の部屋に戻り、ベッドに入る。
しかし、翌日の朝になっても2人は帰ってこなかった。
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