『46、二重の罪』

「またフローリーが私たちを固まらせたな」

フェブアーが苦笑いしながら、心臓の鼓動を聞いている娘を見つめる。


「大丈夫ですね。あと5秒くらいで目を覚ますでしょう」

顔を上げたフローリーは自信満々にそう言った。


そして5秒後、彼女がゆっくりと目を開いて辺りを見回していく。

俺たちの姿を認めた途端、怯えたような表情で腕を胸の前で組み、後ずさりしだした。


「また私を殴るつもりなのね。もうやめて頂戴!」

ヒステリックに叫んだ少女にマイセスが優しい瞳で話しかける。


「大丈夫よ。私たちはあなたを殴ったりはしないわ。ほら、怖いおじさんはいないでしょ?」

両手を広げて見せると、少女は俺たちの顔を順番に見つめた。

やがて助けてもらえたという状況を理解したのか、両目から涙が溢れだしてくる。


「やっと助けてもらえたんだ・・・。本当に怖かった・・・怖かったよー」

近くにいたフローリーに抱き着く少女。

ボーランが腕にある痛々しい紋章を見て、舌打ちをせんばかりに顔を歪める。


「炙り魔法だな。火魔法と闇魔法の合成魔法。紋章を火傷の跡で表現するんだ」

「何て残忍な・・・。誰がこんなことを?」

怒りに打ち震えながら尋ねると、カルスが虫眼鏡を使って紋章を観察しだした。


マイセスは近くにある薬草を潰し、栄養剤の代わりとして使用する気らしい。

すり鉢を荷物の中から取り出していた。


「ハンル、少女たちを護衛しておいて。妙な事は考えないようにね?」

白馬の男の言葉も気になったので釘は刺しておき、俺はマイセスに近づいた。


「僕とボーランも手伝うよ。薬草を取りに行くんでしょ?」

「ありがたいわ。人手が欲しかったし、リレン王子といると最強の護衛が付くもん」

マイセスの言葉にフェブアーは相好を崩す。

義理とはいえ家族なのだ。褒めてもらって嬉しくないはずがない。


「それじゃ行きましょうか」

もう時刻は16鐘を回っているため、早く行かないと日が暮れてしまう。

俺たちは無言で大きく頷いた。


薬草にはフェブアーも意外と詳しく、必要な量は10分ほどで集め終わった。

少女の下に帰るとフローリーが冷たい視線で剣を構えており、脇には苦しむハンル。

寝っ転がっている少女はハンルに怯えており、カルスに抱えられている。


「カルス、何があったの?こいつが何かした?」

「男が私しかいなかったので油断したようですね。金品を強奪しようとしたんですよ」


カルスが開けられた俺のリュックを指し示す。

ハンルの手が光っていたので目を凝らすと、金塊を持っていた。

万が一の時にと持っていたものに違いない。


「また強奪しようとしたのか!儂の息子まで殺した悪魔が!」

白馬の男がいつの間にか近寄ってきており、ハンルに詰め寄った。

マイセスがカルスとともに少女を男たちから遠ざけ、少女に栄養剤を飲ませる。


「美味しい・・・。こんなに温かいもの、何日ぶりに食べたんだろう・・・」

青白かった頬に赤みが戻り、ぎこちなかった動きも大分マシになったようだ。

回復に向かっていることを確認すると、俺はカルスを呼び寄せた。


「あの紋章は誰のものだったの?」

「観察したところ、ドク郡の紋章でした。恐らくは領主であるセテンバ―の奴隷かと」


意味が分からない。何でセテンバーの奴隷が森の中に?

それよりも、グラッザド王国では奴隷を禁止していたはずじゃ無かった?

疑問は尽きない。


「それと、もう1つ重ねて彫られており、そっちはウダハル王国の奴隷商のものですね」

「ウダハル王国って西の国だよね。他国が関わってきちゃったか・・・」


件の第4王子に続き、またもや国際問題になりそうな事案である。

俺は頭を抱えるしか無い。


「とりあえず領主館に行きません?もしセテンバーが奴隷を持っているなら分かるし」

「そうだね。ここで話し合ってても変わらないしね」


マイセスの提案に従って領主館に向かうことになり、準備を整えていく。

ハンルと男は両方捕縛して御者席へ乗せ、少女は馬車の中に乗ってもらう。

全ての準備を整えて出発してから5分ほどで領主館に到着。


ドアの前には山吹色の髪をした20代くらいの青年が立っている。

青年の脇には沢山の兵士が並んでおり、物々しい雰囲気が漂っていた。


「リレン王子、ようこそドク郡へ。領主のセテンバーでございます」

「第1王子のリレン=グラッザドです。早速ですがあの2人を牢に投獄してください」

御者席に乗っているハンルたちを指し示すと、セテンバーが小さく頷いた。


「了解いたしました。事情は後でお聞きしますよ?」

「分かった。長旅で疲れているから部屋に案内してくれる?」

言外にお前と話すことはもう何も無いと伝える。

しかし、セテンバ―は気づく事は無く、黒服の執事を呼び出した。


「執事のスニアだ。彼が案内係となってくれます。夕食の際はお呼びしますので」

「分かってます。スニアさん、案内してくれる?」

脇に控えて動こうともしないスニアに言うと、彼は目を大きく見開いた。

さながら怒っているようにも感じる。


「誰だお前?何で俺が案内しなきゃいけない。セテンバー様に案内してもらえ」

「セテンバーさんがあなたに案内してもらえと言ってたんですけど」

困っている表情を作ると、スニアは冷たく嗤った。


「2階のAからEって書いてある部屋をどこでも自由に使え。案内はそれだけだ」

そう言うと、セテンバーを無視して室内に引っ込んでいった。


「はあ・・・アイツは極度の人見知りなんですよ。少しでも人に慣れてもらおうと案内係をお願いしているんですが、いつもあんな感じで」

セテンバ―が呆れたような表情で閉じられたドアに視線を向ける。

両人とも、王子に対して失礼だという感情は持ち合わせていないようだ。


「じゃあいいです。自分で行きますから。2階のAからEの部屋ですよね」

「そうですか・・・。申し訳ありません」

形だけの謝罪を受け取りながら俺たちは室内に足を踏み入れた。


目の前に広がるは、豪華なエントランスホール。

床には絵が描いてあり、天井には大きなシャンデリアが吊り下がっている。

電気のような感じということは魔導具だということだ。

それが20個くらい煌々と灯っているのだが、どのくらい魔力が必要なのだろう。

使用人1人が1つの明かりを灯すといった感じだろうか。


何かの動物の革が使われているであろう手すりに触りながら階段を上がる。

2階は客間なのか、床にはレッドカーペットが敷かれていた。


AからEというのは一番手前の部屋で、プレートの色は金色だ。

Fの部屋になると銀色になることから、部屋のランクを現していると推測した。

部屋割りは、Aの部屋に俺、Bの部屋にボーラン、Cの部屋にフローリーとマイセス。Dの部屋にはカルス。Eの部屋にフェブアーと少女だ。


少女については、マイセスが同行者だと言い張って無理矢理通した。

いくら一緒に旅をしているといっても、マイセスは他国の巫女姫なのである。

余計な詮索は俺でも出来ないのだから、一領主のセテンバーに出来ようはずもなかった。

各々が荷物を部屋に置き、Eの部屋に集まった。少女から事情を尋ねるためである。


「私の名前はベネットと言います。この館の闇に深く入り込みすぎて捨てられました」

「誰に捨てられたの?セテンバ―かしら」

フローリーが優しく尋ねると、ベネットは激しく首を横に振った。


「セテンバーさんは私にも優しくしてくれました。ヤバいのはスニアさんです」

「スニアってあの不愛想な執事?」

ボーランが不愉快そうに眉を顰めると、ベネットは大きく頷く。


「アイツはセテンバーさんの弱みを握っているんです。だから本当の領主はアイツなのよ」

「スニアが領主の仕事を奪っているってこと!?」

俺が驚きのままに尋ねると、ベネットは拳を握りしめながら俯いた

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