『48、改心の緊急会議』

翌朝の朝食時、領主館は異常な空気に包まれていた。

フェブアーとベネットだけではなく、スニアまで消えてしまっていたからだ。

セテンバーは焦り、今すぐ捜索するように指示を出す。


帳簿の付け方などが分からず、傀儡政権になる前からスニアに任せっきりだったよう。

つまり、スニアが帰ってこなければセテンバ―は報告書が出せない。


一方、こちらも護衛が消えてしまったことで命の危険が付きまとう。

もともと館には経費削減のためか、少数精鋭の護衛しか置いていなかった。


しかし、彼らが捜索隊に搬入されてしまったため、碌な護衛が残っていない。

最高戦力が魔法全属性使用可能な俺、次がボーランという有様だ。

朝食後、緊急会議が開かれる流れになるまでそう時間はかからなかった。


会議室にいる役人の前に座る俺、マイセス、セテンバ―に困惑の視線が突き刺さる。

今までドク郡では緊急会議が開かれた例は無いのだとか。

それにしてもこの会議形態、よくドラマで見ていた捜査会議に似ているな。


「皆の者、緊急事態だ。この領地で私の補佐を務めていたスニア、こちらにいらっしゃる第1王子の護衛であったフェブアー殿、他1名が失踪した」

セテンバ―が焦ったように報告すると、会場にざわめきが広がっていく。


「あの、決算報告書はいかがするんでしょう」

財務部の部長を務めているテミッドが青ざめながら発言した。


提出期限は明日なので、スニアの帰りを待っていたら間に合わない。

それを危惧しての発言である。

まったく・・・全部スニアに任せているから不正が起こるんだよ。


「この中で決算報告書を書ける、もしくは手本があれば書けると思う人は手を上げて」

試しにそう指示してみると、思った通り誰も手を上げない。

わざとらしくため息をつきながら、会議室にいる役人を見回す。


「いい?こういう事態に備えて重要な書類を書ける人を3人は用意しておいてよ。今回は僕が書けるから手伝ってあげてもいいけど、僕も書けなかったらどうするつもりだった?スニアが帰ってくるまで待つ?完璧に遅れるよね」


だから前世の孤児院では年長者の代表が4人用意されていて、最年長が病気などで子供たちを纏められない時は残りの3人が纏めていたのだ。

ドク郡ではスニアが優秀すぎたため、不測の事態に備えるということが出来ていなかった。

ここは変えてもらわなくてはいけない。


「分かりました。私と部下2人に書き方をご教授していただけないでしょうか。私どももスニア殿に頼りすぎていたのかもしれません。いなくなって初めて気づくとはこのことです」

恥ずかしそうに頭を掻くテミッドを見て、少し見直した。

ここの役人は変えようとする気概がある。さすが“9枚の奇跡”を起こした人が認めた人材。


「安心して下さい。基礎からしっかり叩きこんであげます」

だから俺は大きく頷いた。これをきっかけとしてさり気なく不正に気付かせるか。

書けるようになれば数値がおかしいことに気づくだろ。


「ねえ、捜索隊は何か掴んでいないのかしら。目撃情報とか・・・」

マイセスが尋ねると、銀の鎧を着て桃色の髪をした女性騎士が立ち上がった。


「ドク郡騎士団長のアリィです。今のところ目撃情報はありません。真夜中だったので外に出ている人がいなかったのでしょう。ここ数日は晴れているので足跡も残ってません」

いよいよ捜査会議に近づいてきた感がある。

だが情報が一切ないのが不思議だな。一体どこに消えたんだ?


「館の中にも異常は無いのか?私は使ったことが無いが、隠し通路もあると聞く」

セテンバーが困惑したような声で言う。


「内部はまだ調べていないので分かりません。後で騎士を派遣して調べます」

俺たちがいる館の中を勝手に調べる訳にはいかないからね。

ある意味で正しい判断だと言える。

騎士団への質問が一段落ついたところで、ボーランが手を上げた。


「ボーラン?何か問題でもあったの?」

マイセスが不思議そうに聞くと、ボーランは立ち上がって窓の外を睨む。


「実は今朝からギルドマスターがハンルを返せと煩いんですよ」

「ハンルって地下牢に入れてある、金品を強奪しようとしたAランク冒険者だったよね」

俺が確認のために言うと、会議室にざわめきが戻った。

どの顔も驚愕の表情をしていることが気になり、セテンバーに向かって首を傾げる。


「ハンルは民衆の信頼が厚い冒険者で、この郡の一番人気です」

「トパーズ色の髪をした男によれば、金品を奪うのが常套手段らしいのですが・・・」

納得が出来ず食い下がると、奥にいた男が勢いよく立ち上がった。


「そうだよ!俺の娘もアイツに騙されて金品を奪われたんだ!」

「俺の息子もそう言ってたぞ!」

「僕の娘も金品を奪われて以来、男性不信になってしまったんだ!」

まるで連鎖反応のように次々湧き出てくる強奪話に瞠目するセテンバーや役人たち。


今回の会議に参加してみて、分かったことがある。

俺はセテンバ―に向けている視線を厳しいものに変えた。


「あなた、自分の郡の事情を知らなすぎじゃない?いくらスニアが優秀でも最終的に指示を出すのはあなただし、領主もあなた。今回の会議を見て分かったでしょ?せっかく有能な人材が揃っているのに支配権が執事のはずのスニアに移ってしまっている。誰も決算報告書を書けないなんて普通あり得ないから。ハンルのことも初めて聞いたみたいだし」


早口で捲し立ててからセテンバ―の反応を伺う。

彼は迷っているように見えたが、やがて決心したかのように立ち上がった。


「みんな、本当に済まなかった。私は領主失格だな・・・。この事件が解決したら身を引こう」

「それはなりません!あなたはしっかり領主です!」

食い気味に怒鳴ったのはアリィだった。


「確かに最近の領主様は酷かったです。民衆を顧みず黒い者に騙されていた。だが民衆は分かっていました。“9枚の奇跡”を起こした領主様はこんな酷いことはしない。きっと騙されているのではないかと」

そこで言葉を切ってアリィは役人を見回した。


「つまり、セテンバ―様は領民たちに信じられているんです!身を引くのはいけません!」

全て言い終わると、手をポンポンと2回叩く。

全員の視線が自分に向けられていることを確認した彼女は不敵に笑った。


「大丈夫です。このピンチはみんなで力を合わせれば必ず乗り切れます」

キッパリと断言した瞬間、鬨の声が会議室の空気を震わせた。

操られていた領主を守るための温かい声にセテンバ―は涙を流した。


「こんなダメな私でもみんな信じてくれているのか。大きな過ちを犯してしまったのに・・・」

「今からですよ。失った信頼を取り戻せるかどうかはあなた次第です」

マイセスが優しい口調で語りかけると、セテンバ―は拳を握りしめ、立ち上がる。

その顔は傀儡のそれではなく、立派な領主の顔だった。


「アリィは騎士団を率いて館の中を捜索。隠し通路を探して。テミッドはリレン王子とともに決算報告書を。僕はみんなとともにハンルを会議にかけるから、ボーラン殿はその旨をギルドマスターに伝えてきてくれますか?」

凛とした姿と声で指示を出すセテンバ―は立派な指導者だった。


「分かりました。90の手勢で調査いたします」

「了解です。リレン王子、申し訳ありませんがよろしくお願いします」

「ギルマスに報告してきます」

アリィ、テミッド、ボーランがそれぞれ返事をして動き出す。


俺もセテンバ―に一礼して財務部へ向かった。

内部は腐っていないから、スニアさえ排除できれば、ドク郡は元通りになるはず。

そのためにもまずはフェブアーたちを探さなきゃ。


俺は焦る気持ちを必死に抑えながら財務部の執務室のドアを開けた。

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