『40、イルマス教の要人』
客たちに動揺が広がるのが目に見えて分かる。
声を掛けてきた男性もどう接したら良いのか分からず固まってしまっていた。
「このお湯は気持ち良いですぞ、王子。早く入ってみては?」
その沈黙を破ったのは、湯船に入っていた若い男性。
周りの人たちが『正気か?』と言いたげにチラチラ見ている。
多分、俺が怒り狂わないか不安でたまらないといった類の杞憂だろうな。
「そうだね。早く洗って入ろうかな」
「はい。ぜひ面白いお話をお聞かせください」
若い男性は悪戯っ子のようにお茶目な笑みを浮かべた。
俺が体を洗って湯船に入ると、4歳くらいの兄弟が近くに寄ってくる。
「凄い!王子様の金色の髪、すごく綺麗」
「優しそうな顔しているよね」
悪意の全くない、純粋な子供にそんな事を言われると何か恥ずかしいな。
金髪については俺もかなり気に入っているんだよ。
サラサラの髪というのはこんなにも洗いやすくて整えやすいんだってね。
癖っ毛からの卒業バンザイ!
「ちょっ・・・王子様には教えてある敬語をだな・・・」
焦った親らしき男性が近寄って来るが、手で制止した。
「いいですよ。褒めてくれるのは僕としても嬉しいのでね」
兄弟たちの頭を優しく撫でてあげると2人は顔を上気させ、目を輝かせた。
「お・・・俺、王子様に頭を撫でられた!」
「ありがとうございます!ほら、お前もお礼をしなよ」
「ありがとう。王子様」
清々しさまで感じる笑みに俺は少したじろぐ。まさかこんなに喜んでもらえるとは・・・。
隣に入ってきたボーランとカルスは少年たちを見て首を傾げている。
「本当にありがとうございます。こいつらにとって王子様は憧れのような存在のようで・・・」
「なるほど。だからこんなに喜んでくれるんですね。ありがたいことです」
王族ってどうしても偉そうなイメージが付きやすい。
あからさまに敵意を向けられたらどうしようと危惧していたが、杞憂だった。
これも父上が良政を敷いてくれているからである。
だがこれから行くところは違う。領主の悪政が父上の良政を駆逐している地だ。
あからさまに敵意を向けられる可能性もある。
気を引き締めていかなければ・・・。
「ほら、そろそろ夜ご飯の時間だ。上がるぞ」
「はーい。バイバイ、王子様」
「弟にも優しくしてくれてありがとうございます。それでは」
兄貴が最後に敬語で場を締めると、周りの人たちが拍手をし始める。
困惑する俺たちに近づいてきたのは、風呂に入ることを進めてきた若い男性だった。
「いやー感動しましたよ。王子も優しいし、君も締めは完璧。久しぶりにいいものを見ました」
「えっと・・・あなたはどちら様ですか?」
俺と兄貴の前に立ちふさがるボーランに、若い男性は手を打った。
「名乗っておりませんでしたね。これは失礼。私はプリスト=ローガスと申します」
「プリスト教皇猊下!?申し訳ありません。とんだご無礼を」
顔を青ざめさせたボーランが数歩後ろに下がった。
プリスト教皇猊下は、この国の2つ隣に位置する教国イルマスの皇帝である。
同時に大陸の最大宗教であるイルマス教のトップでもあり、信者には神のように崇められている存在だ。
現在、この風呂にはこの国の第1王子と、教国の国王がいるということ。
一般人にとっては卒倒もんである。
「おい、父ちゃんが呼んでるぞ?何をしているんだ?」
弟が風呂場の扉から顔を覗かせると、兄貴が土気色の顔を弟に向けた。
「今行くよ。王子様、教皇様、失礼いたします」
優雅に一礼すると、逃げるようなスピードで去って行く。
俺は周りの人たちの反応が気になり、教皇猊下に尋ねる。
「僕が名乗るより前に名乗っておられたんですか?驚いている様子がないですが」
「ええ。それより、夕食時にご一緒してもよろしいですか?」
「はい。大丈夫です」
教国の皇帝に頼まれて、一介の王子が拒否できるわけないだろ!
ボーランとカルスも既に諦めた顔をしている。
「分かりました。それでは大広間でお待ちしております」
そう言い残してプリストは去っていった。
「何か面倒事に巻き込まれそうな予感がするんだけど」
「それは思った。そもそも教皇猊下が1人で来ている時点でおかしいし」
「誰か供の者がおり、その人物が面倒事を持ち込んでくるとかですかね」
思わずため息をつくと、声が暗くなる2人。
頼むから面倒事を持ち込むのはやめてほしい。
ただでさえ不正事件の解決という国家機密を背負っているんだから。
「露天風呂にも行ってみませんか?夜なので星が綺麗に見えそうです」
「天気もいいからね。行ってみよう」
場の雰囲気を一変させるような提案をしてくれたため、すかさず乗っていく。
ボーランも無言で頷いてくれたため、3人で露天風呂に向かう。
露天風呂は中とは違って石造りになっていた。
ただし大理石みたいな磨かれた石ではなく、自然のまま採って来た感じの石である。
外が寒いからか、漬かると熱いお湯が全身を刺した。
いつの間にか雪が降ってきており、とてもロマンチックな状況。
「気持ちいいね。雪が降っていて星とかが見えないのが残念だけど」
「確かにそうですね。疲れが取れていくのを感じます」
「リレンが入っていると絵になるよ。淡い金髪に降り注ぐ白い雪ってね」
ボーランが、からかうような視線を向けてくる。
少しムッとしながらも露天風呂をひとしきり楽しみ、上がるとフェブアーたちがいた。
「聞いて!ヤバい人に会っちゃった」
「面倒事に巻き込まれる予感しかしませんでしたが」
親子そろって顔を顰めている。
おいおい、Wで面倒事を持ち込まないでよ・・・。
「誰と会ったの?もう20鐘10分だからそろそろ大広間に行かないと」
「向かいながら話しましょうか」
カルスの提案で、歩きながら情報を交換することに。
「私たちが会ったのはイルマス教の巫女姫よ。名前は・・・マイセスって言ってたわね」
「こっちもイルマス教関係だね。僕たちが会ったのはプリスト教皇猊下だった」
「「教皇猊下!?」」
フローリーとフェブアーが素っ頓狂な声を上げる。
「話したいことがあるから大広間で待っているって・・・」
「巫女姫もそう言ってたわ。私たちの裏の目的からしたら厄介じゃない?」
「うん。一緒に旅をしたいとか言われたら困るよね」
ボーランが冗談めかした口調で言うが、あながち冗談じゃなさそうなのが怖い。
「まあ、まずは夕食だよ」
「そうね。食べ終わった後で考えればいいわ」
「夕食も豪華なのが出てきそうだよね」
やっぱりボーランは深刻な雰囲気を一変させるのが上手い。
たった1言で俺たちを年相応の姿に戻しちゃった。
会話の内容だけ見れば5歳児と7歳児の会話じゃないよね。
高校生を相手にしてるような錯覚を、現在進行形で覚えているよ。
大広間について見れば、一番端のテーブルに金の“予約済み”プレートが置いてあり、大きな鍋に入ったすき焼きがコンロのような魔導具の上に乗っていた。
「この肉・・・ジェネラルミノタウロスの肉じゃない!」
フローリーが、山盛りに積まれている肉を見るなり瞠目した。
つられて全員が肉の山に視線を向ける。
「これは凄いね・・・。美味しそうだ」
「ねえねえ、早く食べようよ。お腹空いてきちゃった」
あまりの量に呆れる俺と、全く気にする素振りのないボーラン。
対照的な姿にメンバーの顔に笑みが浮かぶ。
「うーん、美味しい!肉が口の中でとろける!」
「本当ですね。これは逸品といっても過言では無いと思います」
花開くような笑みを見せるフローリー、冷静に食レポをするカルス。
みんなの意外な一面が見れて面白い。
それにしても、一時は面倒事を忘れて美味しく食べれたのは大収穫だったと俺は思った。
イルマス教と関わってから、ゆっくりご飯を食べれたことなんて無かったからだ。
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