『39、青瓦の宿』

「リレンの魔法は凄いね・・・。こんな魔法、見たこと無いよ」

ボーランが呆れたように窓の外を見つめる。

敬語はどうしても距離感を感じてしまうので、捕縛後に速攻で止めさせた。


俺たちの馬車の天井からは無数のツタが生えており、盗賊を絡めとっている。

人数的に馬車では運べないと思われていたのだが、俺の魔法で何とかなってしまった。

ちなみに、1年前にあった中庭攻防戦でブラウンドが使った魔法の応用である。

あの時は植木に魔法をかけて蔓を出していたんだっけ。


「だってこいつらには懸賞金が掛かっているんでしょ?つまり大罪人じゃん」

「そうですわね。しっかり罪を償ってもらいませんと」

フローリーがニッコリと微笑む。


俺たちを襲った盗賊は『裏騎士団』と呼ばれるほど、精鋭揃いの盗賊団らしい。

リーダーのサジェンはアラッサム王国の元騎士団長。

サブリーダーのニエルに至っては、同国の第4王子だという。

無詠唱で闇の矢を放った銀髪の男である。


これは完全に国際問題であり、護衛隊長のフェブアーは頭を抱えていた。

理由は旅の最中に問題が増えたからに他ならない。


このクラスの犯罪者は、捕縛したら王都に送り届なければいけないのだが、王都でも父上たちによる悪徳貴族の断罪が進められているはず。

そんな慌だしいところに面倒な問題を持ち込みたくないんだよね・・・。

しばらくドク郡の牢屋に詰め込んでおこうか。それすらも国際問題になりそうだけど。


それと、よくこの馬車は無事だよな。前世でよく見た物置の広告を思い出してしまった。

多人数が乗っても大丈夫というやつである。

それだけ面積が広いということでもあるのだろうが。


「もうすぐ宿場町に到着いたします。その者たちはどうしましょうか」

フェブアーの報告を聞き、背中に冷や汗が一筋垂れた。


「ヤバい、何にも考えてなかった。こいつらを宿に泊めるわけにもいかないし・・・」

「それはマズいわね。暴れられたりしたら目も当てられない」

フローリーがハッキリと否定の意を示す。彼女にも敬語を止めるよう指示した。

ボーランも難しい顔をしながら唸っており、妙案は浮かばない様子。

その時、ゆっくりとカルスが手を上げた。


「あの、宿場町には簡易的な牢屋があるのでそこに入れるのはどうでしょうか」

「あそこか・・・小さいけど、一晩程度なら何とかなるかもしれませんね」

ボーランが大きく頷き、盗賊たちはそこに収容することに決定した。

さらに10分ほど馬車を進ませると宿場町ステイズの門が見えてくる。


「護衛隊長のフェブアーだ。早文が届いているはずだが」

「第1王子御一行様ですよね。この街で一番大きい宿を抑えておりますので」

「お心遣い感謝します。それであなたに頼みたいことがあるんだけど」


馬車から降りて衛兵に近づくと、衛兵は驚いたように臣下の礼を取ろうとする。

俺はそれを手で制し、ロープで縛られた盗賊たちを蔦から解放した。


「こいつらを一晩牢屋に入れておいて。銀髪の男だけは別の牢屋が良いかも」

仮にも隣国の第4王子なのだから、手荒な真似はしない方がいい。


「分かりました。下の者にやらせます。宿には私が案内を」

「頼んだよ。広いから、案内が無いと迷っちゃいそう」

「はは。そうならないように精一杯案内させていただきます」


冗談めかした口調で場の雰囲気をほぐすと、俺は再び馬車に乗り込む。

衛兵の先導で辿り着いた宿は、えらく和風な宿だった。

看板には『青瓦の宿』という名が書いてあり、名前に違わず屋根瓦は青い。

中に入ると玄関があり、1人の女性が土下座で待っていた。


「リレン王子、お待ちしておりました。当宿の女将、ランでございます」

「わざわざありがとう。グラッザド王国の第1王子、リレンです」


お互いに挨拶を済ませると、ランさんの案内で客間に通された。

2階の隠し扉のようなところを通らないと来れないプライベートスペースである。


3階をまるまる使っているにも関わらず2部屋しかないということは――。


「うわっ・・・すっごく広い。ここは誰が使うのかな?」

「この藤の間はリレン王子、ボーラン様、カルス様の3人にお使いいただきます」

「ぼ、僕もこんな部屋使っていいんですか?何か落ち着かないな・・・」


――当然、メチャクチャ広い。畳70個分はあるぞ。


あまりの広さにボーランは瞠目し、カルスは無言で棒立ちしている。

俺はおっかなびっくり、敷かれていた布団を触ってみた。


「柔らかい!みんなも触ってみなよ!これは良く寝れそうだよ」

あまりの手触りに興奮した俺に触発されたのか、1人、また1人と布団に触っていく。

「本当にフッカフカだ!確かに気持ちよさそうだなぁ」

「これなら良く寝れそうね!寝るのが楽しみになってきたわ」


ボーランとフローリーが今にも寝っ転がってしまいそうなくらい興奮し始める。

その気持ちはすっごく分かるよ。俺も寝っ転がってみたい。


「フェブアー様とフローリー様にはお向かいの蓮の間をご用意いたしました」

ランさんが指す先には、同じように布団が敷かれた部屋があった。

こちらの部屋と違うのは、布団の色が水色か淡いピンクかだけらしい。


「宿のはずなのに顔ぶれが変わらないわね」

「確かにな。あと1人くらい女子がいてくれると、また違うんだが」

フローリーとフェブアーがお互いの顔を見つめる。


この2人は親子だから、親子で1部屋になってしまっているのだ。

旅行先だというのに知らない人はいない。

複雑な表情をしながら向かいの部屋に入っていく2人。


「この奥に専用風呂がありますので、入られてはいかがですか?温まりますよ」

女性2人を見送ったランさんの言葉にボーランが渋い顔をした。


「専用風呂では無く、大衆向けのお風呂もどこかにありますよね?」

「ええ。1階にございますが・・・」

「じゃあ、僕はそこに入ります。専用風呂なんて寂しいじゃないですか」


笑顔で専用風呂を拒否するボーランに俺はしっかりと握手する。

同士がここにいた!ボーラン、よく言ったよ!


「僕と同じこと思ってたんだね!ランさん、僕もそちらに入ります」

「ならば私もそう致しましょう。せっかくの旅先なのに1人で入りたくないですから」

「了解致しました。夕食は20鐘30分からとなります」

優雅に一礼してランさんは去っていった。


「よし。ボーラン、カルス、荷物を置いたらすぐに行こう」

部屋の隅に荷物を置きながら提案すると、2人は大きく頷いた。


「分かった。こういうところの温泉ってとても気持ち良いから楽しみ!」

「了解でございます。僭越ながら私も楽しみにしておりました」

考えていたことは3人とも同じだったってわけか。


はやる気持ちを抑えるようにのんびりと脱衣所に向かう。

ワクワクしながら温泉の扉を開けると、木製の湯船が浴室の奥に鎮座していた。

脇に取り付けられた扉の奥には露天風呂も見える。


「こんなに豪華だったとは。ここは大衆浴場なんだからさらに驚くよ」

「本当だよね。専用風呂はどんだけ豪華なんだって感じだよ」

俺がボーランの呟きに同意する。


その時、カルスが湯船を指さしながら聞こえるか聞こえないかくらいの声で囁いた。

「私たち、注目されていませんか?特にリレン様が」

周りをさりげなく観察してみれば、他の客たちが俺の方をチラチラと眺めている。


彼らの視線を辿っていくと、少し伸びた金髪が目に入った。

まさかこの金髪で王子だと疑われているのか?それとも既にバレてる?

流れる嫌な汗に気づかないふりをしながら髪を洗っていると、近づいてくる1つの影。


「失礼ですが、リレン王子であらせられますか?」

あ、マズったな。風呂の中で臣下の礼とか取られたくないんだが。

ここは“お願いという名の命令作戦”で行こう。


「そうだよ。僕からみんなに1つお願いをしたい。礼とか要らないからいつも通りに接してくれると嬉しいな。誰もいないお風呂とか悲しすぎるから」

「リレン様に仕える執事のカルスです。軽く補足させてもらいますね。王子と同じ湯に入るのは不敬などという人がいますが、そんなことはありません。皆様はいつも通りに風呂を楽しんでくださいませ」


カルスが一礼すると、浴場を沈黙が支配した。

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