目には目を、歯には口の眼鏡を。

ちびまるフォイ

レンズを指で触っちゃう人はスマホも指紋だらけ。

「いらっしゃいませ。今日はどういった眼鏡をお探しですか?」


「いや、実はこのメガネをそろそろ変えようかと思いまして」


「度が合わなくなった?」


「ええ、そうなんです。実は先週タンスの角に小指をぶつけましてね」


「それは痛い」


「で、そろそろこのメガネも変え時だと思ったんです」

「単にそそっかしいだけでは?」

「メ ガ ネ の せ い で す」

「はい……」


ふと見ると、入り口のそばには見たことないメガネが置いてあった。


「レンズがひとつだけ? これは? 片眼鏡ですか?」


「あ、それは口眼鏡です」

「くち!?」


「レンズがほら、このようにぐにゃんぐにゃん曲がるでしょう?

 これをこう……口に入れるんです。入れ歯みたいな感覚で」


「それで何が変わるんですか?」


「試してみてください。今外すんで」

「汚いな! 別のにしてくださいよっ!」


別の口眼鏡をつけても何が変わったのかわからなかった。


「なにも変わりませんよ?」


「これでは?」


店員はアメをひとつ渡してくれたので口に含むと、

いままでは合成着色料の味しか感じなかったはずが

みかん畑の農家の人の顔すら脳裏に浮かぶほど鮮烈な味を感じた。


「こ、これは!?」


「どうです? 味覚が鋭くなったでしょう。これが口眼鏡。

 それだけじゃなく、しゃべりも達者になっているのに気づいてますか?」


「たしかに! いつもカミカミだったはずが、

 次から次へと口をついてこ気味よくセリフが出てくる!!」


「セリフっていうと、なんかあなた小説のキャラぽくなるので、もっとなんとかなりませんか?」


「とにかくこの口眼鏡ってすごいですね!! 買います!!」


本当は自分の目の眼鏡を買いに来たのだが、

あまりの感動が背中を押してしまい口眼鏡を買った。


口も舌も年齢を重ねれば重ねるほどに劣化してしまう。

それを矯正しておぎなってくれるのが口眼鏡だった。


「ああ、ごはんってこんなに美味しいものだったんだなぁ」


毎日当たり前に食べていた食事も口眼鏡に変えたことで、

たまらなく楽しみな娯楽のひとつへと変わった。


気遣いの言葉をかけることもできるようになり、

友達からも「最近ちょっと変わったね」と褒められるようになった。


「ああ、口眼鏡って本当に最高だ!!」


これに味をしめた俺はふたたび店を訪れた。



「いらっしゃいませ。今日はなにをお探しですか?」


「恋人を。もしくは本当の自分を探しに」


「おや、口眼鏡の度が合わなくなったようですね。

 クッソ寒いネタを口走るようですから」


「……ご、ごほん。いやスペアの口眼鏡を……んん!?」


店舗に並べられている眼鏡にまた見慣れないものを見つけた。


「この眼鏡は? 目に当てるにはずいぶんと小さいですけど……」


「こちらは鼻眼鏡です。つけてみますか?」

「もちろん!」


鼻の穴に眼鏡のレンズをコンタクトをはめるように入れると、

ふわりと空気にのって流れる匂いがわかった。


「これはすごい! 遠くにいる美人の匂いですら嗅ぎ取れます!」


「鼻眼鏡は口眼鏡とも相性がいいんですよ。

 匂いがわかればますます食事が楽しみになりますから」


「今はこの状態ではやくうなぎとか松茸を食べたいです!」


「その気になればトリュフだって探り当てられますよ」


口眼鏡のスペアを買うつもりが鼻眼鏡を買ってしまった。

けれど少しも後悔はない。


「ああ、本当だ!! 匂いがわかるようになってから

 ますます味がわかるようになってきたぞ!!」


食べ物の味は匂いからくる部分も大いにある。

それだけに毎日の食事は最高のご褒美へとランクアップした。


鼻眼鏡でよかったのはそれだけでなく、

ワインなどのお酒も匂いでわかるようになってソムリエの資格も取れた。


「ブラボー! このワインの芳醇な香りがわかるなんて、

 君は本当にすぐれた鼻の持ち主だ!」


「ありがとうございます!!」


俺はふたたび眼鏡屋さんを訪れた。

今度はスペアを買うわけでも壊れたわけでもない。



「あ、いらっしゃいませ。また来られたんですね」


「ええ、新商品を買いに来ましたよ!!」


俺はお札でパンパンになった財布を持ってやってきた。


「で、今度はどんな眼鏡があるんです?

 耳眼鏡とかあるんじゃないですか? 買いますよ?」


「ちょうどよかった。実は最新のものが来ているんです」


「最新?」


店員に連れられ店の奥に進むと、

人の身体のシルエットの形をしたレンズがハンガーにかかっていた。


「これは身体眼鏡です。極薄で着ていても誰も気づかないほどです」


「からだ……眼鏡……!!」


「でも効果はこれまでの眼鏡よりもずっと高性能。

 全身すっぽり眼鏡をかぶることで、目も鼻も口も効果が出るんです」


「すごい! まさに総決算ですね!」


「それだけじゃないんです。全身を包むから肌の感覚も鋭くなります。

 ……この意味わかりますか?」


「えっと……?」


「ぜ・ん・し・ん。つまり、感覚……快感もずっと鮮明になるということです」


意味がわかった瞬間、思わず自分の股間を手で抑えた。


「……試したくないですか? ちょっと高いですけど、世界が広がりますよ?」


ごくり。

自分の喉からつばを飲む音が聞こえた。


「これを着るだけで全身あらゆる部分の感覚が鋭くなるんです。

 繊細な芸術もできますし、腰砕けになるほどの快感もあなたの手に……」


「あああああああ!! 買います!! すぐに買います!!」


「ありゃりゃしたーー」


財布ごと渡して身体眼鏡を買うと、スキップしながら家に帰った。

家に帰るともう我慢出来ないとばかりに服を脱いで眼鏡を来た。


「ふおおおっ。すごい。風の流れも肌からわかる!」


全身が眼鏡に包み込まれたことで指先で触れたものの味がわかりそうなくらいに感覚は研ぎ澄まされた。

この状態でならどれほどの快感が味わえるのだろう。


いやらしい妄想を掻き立てていると、頼んでいたデリバリーが到着した。


「はーーい!!」


急いで玄関に猛ダッシュした。

そして――






『お昼のニュースです。自宅で男性が死亡しました。


 男性の死因はタンスの角に小指をぶつけたことによるショック死で、

 デリバリー担当の人が警察に通報して発見されました。


 男性はどういうわけかぶつけた瞬間に、

 この世の終わりのような顔と絶叫を繰り返してもんどり打ったそうです。

 ……そんなに痛いものなのでしょうか?』

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目には目を、歯には口の眼鏡を。 ちびまるフォイ @firestorage

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