第5話 客の希望は聞くシステムの美容室
私は、歩いていた…
朝の気持ちのいい空の下、私はウォーキングしていた…
朝というのに結構気温は、上がっていた…
だが、歩いていて気持ちよかった…
私は、いつもの家を出る時間より少し遅めに家を出た。そして、いつもの平日と同じように駅に向かっていた。
駅の前でいつものように梅川ちゃんに挨拶した。
「梅川ちゃん、おはよう!」
だが、梅川ちゃんは、何処と無く寂しげな表情であった。
すると、梅川ちゃんがテレパシーで言って来た。
「私、入院するの…」
私は、驚いてテレパシーで聞き返した。
「どうしたの?いつから入院するの?」
「よく分からないけど、今月の28日から30日まで入院らしいの…」
私は、あたりを見渡し、張り紙を見つけた。
そこには、「梅川像メンテナンス工事を下記のように実施します。」と書かれてあった。
私は、「梅川ちゃん、綺麗になって戻って来てね…」と呟いた…すると彼女は、少し微笑んだ気がした…
そして、私は駅には入らず違う方向に歩き始めた。今日は、ある目的の為有給休暇を取っていたのだ…
私は、駅前のコンビニに入り野菜ジュースを買い、店の前で飲み始めた…天気のいい朝に冷えた野菜ジュースを外で飲む…とても気持ちよかった。
私は、携帯の時計を見た。9時5分であった…
「そろそろ行かないと遅刻するな…」と呟いてから、私は北に向かって歩き始めた。
しばらく、歩いてから私は時計を見た。9時25分になっていた…「ギリギリ間に合う…」と思った。
更に北に歩いていると前方で赤いシャツを着た人が店の開店準備をしているのが、見えて来た。
私は、店の前に着くと挨拶した。
「おはようございます。」
すると赤いシャツを着た男が振り返って言った。
「おう、来たか!ギリギリ間に合ったな…」
赤いシャツの男は、たこ焼き屋の頑固オヤジであった。
この頑固オヤジは、私が9時30分の開店前に店に着かないと機嫌が悪くなるのだ…
私がカウンター席に座ると頑固オヤジは言った。
「まずは、一番搾りからだ…飲め!」
私の前に缶ビールが置かれた。
私は、頑固オヤジに向かって
「乾杯!」と言う。
頑固オヤジも
「乾杯!」と言う。
それがこの店のルールであった…
私は、ビールを一気に喉に流し込んだ…
「くっーー!」
私は、唸った。
夏のような日差しの中でのウォーキング後に飲むビールは最高であった…
「今日も雪塩からだ!」
と言って頑固オヤジは、私の前に雪塩たこ焼きがのった皿を置いた。
私は、一つ爪楊枝で刺して口に運ぶ。そして、すかさずビールを流し込む…雪塩たこ焼きと一番搾りの相性は最高であった。
その後、ソースたこ焼きを食べた私は、頑固オヤジに告げられた。
「もう11時前だ…そろそろ、ジョニーで昼ご飯を食べて来い!」
ジョニーとは、頑固オヤジのたこ焼きから100m程の所にある唐揚げ屋の事である。
私は、頑固オヤジに別れを告げて「ジョニーのからあげ」に向かった。
店に入ると筋肉質な女性っぽいマスターと8000歳の魔女店員が和やかに迎え入れてくれた。
私は、カウンターの端の席に座った。
そして、注文した。
「烏龍茶とコロッケとラーメン下さい!」
マスターが威勢のいい声で「あいよ!」と返事する。
少ししてマスターが、
「お待たせしました。極冷え生ビールです。」
と言って私の前に生ビールのジョッキを置いた…
私は、「乾杯!」と言う。
すると、マスターも「乾杯!」と言う。
それが、この店のルールであった…
数分後、マスターが、
「お待たせしました。牛肉とピーマンの細切り炒めと骨なしムネ肉の唐揚げです。」と言って私の前に並べた…
この店では、客が注文した物が出て来る事は無い…お客の様子を魔女店員が見て、その客の身体が欲している物を判断して、マスターに指示して作らしているのである。
だから、客は出て来たものを素直に食べるしかないのである…
それが、この店のシステムなのである。
私は、ビールと料理を楽しんでいたが、突然、店にどことなくカエルっぽい女性が入って来た。
その女性は、入って来るなり私に言った。
「お迎えにあがりました。行きましょう!」
私は、店の時計を見た。11時45分であった。
その時、店の魔女店員が言った。
「久しぶり、会うのもう何千年ぶりかしら?」
カエルっぽい女性も返した。
「久しぶり!たぶん、二千年ぶりぐらいだと思うわ!」
どうやら、2人は知り合いのようだったので私は聞いてみた。
「2人は、知り合いなの?」
魔女店員は、言った。
「私達、魔女仲間なの…この子は、5000歳だからかなり歳下なんだけどね…」
私は、飲みかけの生ビールを飲み干してから、マスターに会計を頼んだ…
支払いが済むと私はカエルっぽい5000歳の魔女に連れられて、たこ焼き屋の方へ戻って行った。
そして、たこ焼き屋と同じ敷地内にある美容室へと案内された。
私が今日、有給休暇を取ったのは、この美容室に予約を入れたからである。この美容室は、人気店なので平日にしか予約が取れなかったのである。
その美容室は、カリスマ美容師の無言美容室であった。
だが、今日はこのカリスマは、テレパシーではなく、普通に喋って来る…たぶん、今日は私が疲れていないと判断したのであろう。
私が店の前まで来るとカリスマは、おもむろにカラフルなタオルを出して来て、店の前でポーズをとった…どうやら、私に写真を撮るように催促しているみたいである。
そのタオルは、見覚えがあった…そのタオルには、「リトルキッチンかなちゃん」と書いてあった。
私が時々行く居酒屋のタオルである。
私は、携帯のカメラでカリスマを撮ってから美容室に入った。
すると、カリスマにタオルの一方の端を持つよう指示されて、カリスマと2人でタオルを持って散髪前の記念写真を撮った…
それから、シャンプー席に案内され、「先にシャンプーします。」と宣言され、顔に先程のかなちゃんタオルをかけられた。
カリスマは、さすがカリスマであった…手際の良い動きでシャンプーをしていった。
店には、ただシャンプーとシャワーの音だけが聞こえていた…
シャカシャカシャカ…シャーシャーシャー…
私は、その時間がとても心地よかったので、永久に終わらないことを願った…
だが、無理であった…いきなり席を起こされタオルで頭を拭かれた。
そして、現実に戻された。
その後、カット席に案内されて聞かれた。
「今日は、どのようにされますか?」
私は、すかさず言った。
「暑いので、たこ焼き屋の頑固オヤジみたいなスキンヘッドに近い感じの坊主頭にして下さい。」
カリスマは、「わかりました。」と言って作業を始めた。
だが、カリスマはバリカンは持たずにハサミでカットし始めた…
私は、不安になり再度確かめた。
「坊主ですよ。バリカンじゃなくて、大丈夫なんですか?」
「大丈夫です!」
カリスマは、キッパリと答えた。
そして、店にはただハサミの音だけが響いていた…
ジョキジョキ…ジョキジョキ…ジョキジョキ…
とても心地いい音であった…
やがて、カットが終わり、カリスマは鏡を持って来て、
「こんな感じです。ちょっとサッパリな感じにしてみました。」
私は、言った。
「坊主にしてくれって、言ったよね…」
カリスマは、言った。
「これは、坊主ですよ。」
カリスマは、更に言った。
「ワックスを少しつけてもいいですか?」
私は、言った。
「ワックスはつけないで下さい。」
「わかりました。」とカリスマはそう返事すると、ワックスをつけた。
「はい!いい感じに出来上がりましたよ〜!」と言ってカリスマは、ニッコリ笑った。
「この店は、お客の希望を聞いてくれないんだ…」と呟いた…
すると、カリスマに聞こえたみたいで、カリスマは、
「お客さんの希望は聞きますよ。でも、聞くだけなんです。やるかやらないかは、こちらで決めさせて頂いてます。この店は、そういうシステムですから…」
と言って、またニッコリ笑った。
素晴らしい笑顔であった…
私が席を立つと
「このタオルをまた持って下さい!出来上がりの記念写真を撮りましょう!」とカリスマは言った。
写真を撮った後、私はレジでお金を払った。
すると、カリスマはそのお金を手に取り、満面の笑顔になった。
「これが、噂に聞く銭ゲバスマイルか…」と私は心の中で呟き、感動していた…
そして、私は美容室を出た…
外は、相変わらずの夏のような日差しであった。
すると、後ろからカリスマの声が聞こえた。
「ありがとうございました。あと一軒で今日も魔の三角地帯制覇ですよ。頑張って下さい!」
私は振り返り、カリスマに「サンキュー!」と言って、手を振った…
この美容室に来ると元気が湧いて来ることを私は改めて感じていた…
そして、私は夏のような日差しの中、ホルモン屋を目指して歩き始めた…
風は、全く吹いていなかった…
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます