第二十話 無窮の光を照らす巫女

 おや、ナル、帰ってきたのですね。

 さっきは取り乱してすみませんでした。ええ、もう随分と良くなりました。


 これも私の薬の・・・じゃなかったあなたの看病のおかげですね。ありがとう。ああ、そんな青い顔をして、こんなに冷えて、それに傷だらけではありませんか。きっと木の枝に当たり続けたのでしょうね。さあ、早く傷口を拭いたら薬を塗りなさい。


 ちょうど器にあるから。これなら跡も残らないわ。


 どう、落ち着いた?


 私は、迂闊なことをしました。まだ見習いのあなたに年送りの儀式を見せるべきではありませんでした。あれは、巫女団のもっとも神聖な部分でもあり、暗部でもあります。それが巫女団の真実です。


 ナル、あなたには教えておきましょう。この豫国と神の秘密を。


 そもそも豫国の支配者、西人、王族の父祖は大陸の遙か西からやってきた一族であることは、あなたも知っていますね。顔立ちも、今とは随分違っていたそうです。


 そして彼らとともに我々が祀る大神もやってきました。父祖たちはこの地に定住する時、この地の神と自分たちの神を一つにしたのです。そしてこの山に宿し祀ってきました。


 これは別に、それほど珍しい話ではないのよ。今は既に一つとなっている豫国では聞かない話だけれど、征服した土地の土着の神と、自分たちの神を一つにして祀ることはよくある話だったのです。我らの父祖も、同じような事をしたのね。


 そしてその神は、血を欲する神だった。豫国の神は、祟る神でもあるのです。ああ、怖がらないで。そうね、そんなことは考えもしなかったでしょう。


 あなたはまだ習っていないけれど、太古の神はみんな血を求めるものだったの。古い神ほどそうなの。


 祝福を受ければ多大な恩恵を被り、怒らせると祟られる。それは神の本質です。ですから神を鎮めるというのも、巫女団の立派な役目の一つなのですよ。


 それでも人を生贄にするというのは、遙か昔の、とても古い風習であることに違いはないわ。特にこの豫国ではね。


 だから以前の年送りでは、生贄ではく、人形(ひとがた)をあのように燃やしていたと聞いています。それを、サクヤ様は復活させました。理由はいくつもある。


 まず単純に、巫女団の巫女の数が増えてきたというのがあります。巫女団は豫国の最重要の組織ですが、それでもあまり規模が大きすぎると様々な問題が起きてきます。


 巫女団の維持と巫女の育成にかかる莫大な費用、統制の困難さ、そして王都の組織との対立です。都ではミカドとその部下たちが政を行っているけれど、最高位である大巫女の組織、この巫女団が大きくなることを彼らは恐れているのです。


 政まで、巫女団が行うようになるのではないかと。もちろんそんな馬鹿なことはあるはずがありませんがね。そして次はとても大きな理由、そして大切な話です。どうかこれは、心して聞くようになさい。まだほんの僅かですが、大神の力が弱くなってきているのです。


 ええ、これはとんでもないことです。巫女団、ひいてはこの豫国を根本から覆すほどの非常事態です。一体どういう事なのか、詳しくは私にも分かりません。サクヤ様が言うには、『そういう流れがある』と仰るのです。


 私が理解しているところ、今、何か大きなものが変わる、その流れがあるのだと思っています。私はこれに恐怖しました。


 言い伝えでは、遙かな昔、神は実体を持って人とともにあったと言います。ところがどういう理由か、神々は肉体を失い、いと高き場所にお移りになったと言います。今、世の中はそのように動いていると言うことなのかもしれません。


 でも大巫女であるサクヤ様にとって、それは受け入れられることではありません。神の力の弱まりは、豫国の存亡に関わる一大事。豫国最高位にあらせられるサクヤ様は、何か対策を立てなければと思ったのでしょう。


 そして、古い慣習を復活させました。ええ、これが生贄です。毎年、幹部たちの間で、能力が低い若い者を選ぶ事になっていました。今まで、素質がないので親元に帰されたと説明を受けていた子たちはみんな生贄として選ばれました。


 考えてみれば、親元に帰すだなんて許されるはずありません。この里で見聞きすることは豫国で最高の秘密です。それを外部に漏らしてしまう危険なことを、サクヤ様がお許しになるはずないじゃありませんか。


 認めたくはないけれど、こういう古い習慣はね、効果が絶大なの。今まで何度も生贄は捧げられてきたけれど、その度に大神の力がかつての強さを取り戻したそうよ。ええ、残念ながら私には感じることが出来ないのだけれど・・・。古い神の言葉に『血を注ぎ出すことがなければ、罪の赦しはない』というものがありますが、年送りの本質はやはりそういうものなのでしょう。


 さあ、ここから話すことは、あなたにとってとても重要な事です。実は、あなたは生贄に選ばれていたのです。


 ああ、どうか落ち着いて。さあ、紫蘇を煎じたお湯をお飲みなさい。


 そう・・・サクヤ様はあなたをお選びになろうとしていました。でも私が、そうはさせまいと守りました。どうしてかって?それは・・・ククリ殿に頼まれたから。意外ですか?ククリ殿が私にこんな大切な頼み事をするなんて。


私たちは表面上は険悪だったけれど、実際は同志のような仲だったのです。何故かって?それは共通の敵がいたからです。その敵というのは、サクヤ様です。


 誤解してはいけませんよ。私たちはサクヤ様を心から尊敬していましたし、今でもしています。でも、あの生贄だけはどうしても賛同できなかったの。しきたりと本質に従えば、それはおかしな事ではないかも知れない。けれど、私やククリ殿はおかしいと感じた。


 その違和感に従ったのよ。人の価値観は、時代の流れと言います。生贄の風習が廃れたのには、それだけの理由、流れ、そして何かの意思があると思うの。その流れをサクヤ様はご存知なのに逆らおうとしていて、私たちは自分の感覚を信じていたのです。



 でも結局の所、大巫女であるサクヤ様に逆らうことも出来ず、こうしているのだけれど・・・。とにかくそんなわけで、ククリ殿は私を信じてあなたを託したのです。ですから私はあなたの指導役となりました。

 今後あなたがどのような立場になるとしても、私の元に置いておけば危険はないと思ったからです。けれど、先ほどサクヤ様が私の元にやってきた時は肝が冷えましたよ。まさか土壇場になって、あなたを生贄にしようと捕らえにやってきたのかと思ったのですから。


 ああ、怖がらせてしまったわね。さあ、もっと紫蘇を。


 これからの話をしましょう。残念ながら、あなたは巫女としての才能がありません。このままでは、里の知識があるあなたは、里を出ることも許されずに生贄となるかもしれません。だから、精進なさい。


 巫女の才能が無くとも、私のように薬や人を統率する力を身につけ、巫女団に必要な人間であると認められれば、自然と地位も上がり、発言力も増します。


 そして私かあなた、あるいは他の心ある誰かがこの里で最高の地位に就いた時、その時こそあの儀式をやめさせましょう。実は密かに私に同調してくれる人たちを育ててあるの。今はまだ少ないし、ククリ殿が倭国に行ったことで随分と減ってしまったけれど、それでも一人や二人ではではないわ。


 大丈夫です。あなたならやれます。あなたには優れた素質があると私は見抜いているのです。ククリ殿譲りの聡明な頭脳、優れた統率力、その力を育て史上かつて無い新しい大巫女として、巫女団ひいては豫国の頂点へと上り詰めなさい。


 ・・・・ああ、眠ってしまったのですね。仕方ありません。今日はとても多くのことがありましたからね。今が、あなたの人生にとっても大きな節目なのでしょう。さあ今はゆっくりと眠りなさい。


 再び起きた時にはもう新たな年を迎え、新しい太陽が天に昇っているでしょう。


 霊力など無い私は心で信じています。あなたはその太陽のように、この国と民を無窮の光で照らす偉大な巫女になるのです。

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