第十四話 暗雲
その日の深夜、ナルとレイとサキは、この度三人で暮らすために与えられた家で、それぞれ指導役との食事の報告をしていた。
「私の指導役なって下さったキョウ様は、評判通りとてもお優しい方だったわ。まだお若いのに巫女団の幹部でいらっしゃるし、まるで私の事を妹のように大切に扱って下さるのよ。キョウ様は私の素質を見込んで、指名したらしいの。私も期待に応えられるように頑張らなくちゃ。キョウ様は明日から、舞を教えて下るって」
夏の根回し合戦の勝者であるレイは、自慢と言うほどではないものの誇らしげに語った。若くして幹部となっているキョウは、同じく才能豊かなレイには良く合っているようである。このまま師の指導の下、めきめきと能力を伸ばしていきそうな予感をナルは感じた。
「私の指導役のタカ様は、知っての通り里でも最古老の一人よ。今までは見習い全員の指導役みたいなものだったけれど、今年から一人だけの指導役に変わったのよ。正直耳は遠いし、何度も同じ事を話すのだけれど、それでもとても丁寧に教えて下さる方で、きっと私を孫のように思って下っているのだと思う。食事には、タカ様と仲の良いトシ様もいらしていて、実質この二人から色々学ぶことになりそう。私は明日から、今までのおさらいとして禊ぎとか基礎を重点的に復習するように言われたわ」
サキはおっとりとした口調で、心から喜んでいる風だった。人好きのする性格のサキは、能力を磨くよりも基礎を強化することで、年少の者たちに初期の教育をするタカやトシの後継者として見込まれているのかもしれない。
「それで、ナルはどうだった?」
二人は興味津々の視線でナルにすり寄った。
そうなのである。二人ともそれぞれ自分の指導役について語りたいという気持ちはあるが、それをおけばイワナのことこそが最大の関心事なのだ。あの年少者にはもれなく嫌われながらも謎に包まれイワナの実態を、何か少しでも知りたいのである。ナルはいささか躊躇ったが、最後には正直に全てを話した。
「それは・・・本当の事?」
サキは困ったような顔で確認してくる。
「本当よ。そうでなければ、こんな話、出来やしないわよ。一体あれはなんだったんだろう。突然怒り出したと思ったら、今度はやけに機嫌が良くなるのよ? イワナは何かに取り憑かれているんじゃないのかしら」
取り憑かれている、という発想はまさに巫女たる者にとって当然の思考だった。しかし、正邪は別にして、『憑かれる』というのは巫女としての能力が高くなければ難しい事なので、イワナがそうであることはまず無いだろう。
「あの噂は、本当だったのね」
今まで神妙な顔をしていたレイは、二人に詳しく語り出した。
「あのね、ナルがイワナに渡した葉っぱだけど、それはお酒と同じような効果があるものだと思う。私も二人もお酒なんて飲む機会なんてなかったけど、気分を高揚させたり、和らげたりする作用があるのだそうよ。そういえばお酒をお供えに使うこともあるし、お酒を使った儀式もあるの。でも、余り飲み過ぎると、お酒が手放せなくなって度々飲まないとおかしくなるって聞いたわ。その葉っぱも同じようなものではないかしら。確か暢草という名前だったと思う。以前、噂があったの。イワナは薬というものを作っているけれど、自分用に気持ちの良くなる薬を作って手放せなくなっているって。その時は薬というものがよく分からなくて、きちんと理解出来なかったのだけれど、今ナルの話を聞いてそうではないかと思った」
ナルは暗澹たる気持ちになった。なんということだろう。つまり、自分はこれから性格が悪く、巫女としての素質はない上に、なにやらお酒のような薬を手放せない、里で二番目の権力者に直属で教えを受けるということである。
イワナの話では、明日から薬の事について学ぶのだという。よく考えてみれば、それは巫女の仕事とは関係のないではないのか。レイもサキも、それぞれ将来を見据えた修行の計画を立てられている。では、自分は一体何が待っているのか。
二人の親友が輝かしい未来を期待して胸を弾ませているのをよそに、ナルは暗雲を見つめるような気持ちで眠りについた。
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