第六話 女王国

「私の国、倭国という私の父祖達が築いた国は、かつて筑紫の島一の偉大な国でした。

 国土は肥えて多くの作物をもたらし、水が至る所で沸き、清らかな川が流れ、森には無数の獣がいます。この大八洲でも、神の恵みが一際厚い素晴らしい土地です。人々の気質も溌剌としていて、生命の力に満ちあふれています。倭国は早くから半島を越えて漢とも交流があり、他国の王達にも一目置かれていました。

 

 しかし、祖父王、帥升の死をきっかけに、我が国の斜陽は始まりました。後継者の育成に失敗した祖父が亡くなり、わが父帥鳴が後を継ぐと国内の結束に乱れが生じました。父には有力な部族の後ろ盾があったのですが、その事が他の部族には一つの部族の独裁のように映り反感を買いました。弱小部族たちは互いに結びつきを強め、結果として国全体の結束が綻んだのです。そして次第に、部族間で小さな争いが増えていきました。


 そしてその綻びを、北の出雲が見逃しはしませんでした。

 北からやってきた出雲の兵は、凄まじい勢いで筑紫の国に侵攻してきました。彼らの馬を使った戦い方に、結束の弱まっていた我らには為す術もなく、八つの邑と我が王都は陥落したのです。

 

 我らは急遽、南に拠点を移しました。元々南も倭国の勢力圏でしたから、大陸の言葉を借りるなら遷都ですね。出雲の侵攻も一度は落ち着き、必死で体制を立て直してはいますが、我が国が大きく弱体化したことは紛れもない事実なのです。

 さらに・・・この期に及んで倭国内の争いは続いており、美しき国土はさらに荒れ果てつつあります。このままでは倭国は本当に崩壊してしまう。

 そして出雲は、我が国の国力が弱るのを、獲物をなぶるように待ち構えているのです


 私は倭国の王子として考えました。どうすれば再び国内をまとめ、争いを終わらせることが出来るのか。


 大陸の大国の後ろ盾なのか、強力な武器なのか。他の兄弟達の間でも、様々な案が出来ました。しかし、どの方法も実現は難しく、なおかつどんな方法であっても、この先百年の繁栄を約束するものではありませんでした。どんな即効性のある手段であっても、またすぐに綻びが出るようなものであっては意味がないのです。そんな時、知ったのがこの豫国の制度でした。


 この国は、体裁上はミカドが治めておられるが、実際は違う。ミカドが差配しているのは、政の細々とした決定に過ぎません。実際は、大巫女であられるサクヤ様が重要な決定をなさっています。そしてそれは、神に伺いを立ててのこと。

 神霊を頂点に置き、その意思を伺い伝える大巫女、そして都でその意思を代行する王・・・この国は、その形で栄えてきた。


 私はこの仕組みを知って、まさに天からの光のように感じました。神に伺いを立て、巫女が政を差配するこの方法ならば、誰も容易には逆らえない。しかもこの方法であれば、決して仕組み自体が廃れることはない。国内をまとめ、新たな基盤を作ることが可能です。

 私は是非、この仕組みを倭国に持ち帰り、我が国でもこの形を持って国を治めたいと思っているのです」



一瞬、部屋の中が暗くなった。隙間風で灯りが一斉に消えてしまったのだ。

 室内はざわつき、すぐに慌ててサクヤ付きの巫女が蝋燭に火を灯し直した。

一同は初めこそはっとしたものの、その風の冷気は各々が頭を整理する良いきっかけになったようだった。

 

 国の仕組みを変える。ここにいる者の中で、その事を正しく理解出来た者は、ほとんどいないだろう。そもそも、豫国ではこの仕組み自体が当たり前なのである。特別な許可を得て他国と貿易をするごく一部の者でなければ、他の仕組みで成り立つ国というのが奇妙に思えた。


 確かに、ナルの知る限りこの国で内乱があったという事は聞いたことがない。今までその事は当たり前だと思っていたが、よく考えれば国内で対立が起こることは全く不思議な話ではない。むしろこの国のように、長い歴史を持ちながらも、国内で争いがない方が不自然なのかも知れない。


「具体的には、どのような方法をお考えなのです?」


一同の中で、最初に口を開いたのはククリだった


「帥大様が、我が豫国の制度を自国に導入したいというのは分かりました。しかし、具体的にはどのような方法をお考えでしょうか。倭国でも、巫女団を育成するおつもりですか?」


「その通りです。私は豫国の優れた資質を持つ巫女に、その指導者として倭国に来て頂きたいと考えています」


 帥大とククリは真剣な表情で見つめ合った。それは若い男女ではなく、指導者と指導者の対峙である。

サクヤを除けば、彼女だけが全てを理解出来ている様子であった。


「どういう事です?  そんな事、サクヤ様はお認めになったというのですか?我々巫女団は、豫国の秘中の秘です! 他国の者たちに我々の業を漏らすなど、以ての外! そうでございましょう、サクヤ様!」


 ククリに対抗するように、イワナはサクヤの袖に縋るように詰め寄った。自分だけ話に置いて行かれているようで、我慢ならないようである。

 しかし、イワナの言うことは正論だった。この豫国の中でさえ、巫女団の神通力や秘技の数々は国の機密であり、厳重に守られている。このような山奥に里があるのは、決して神に近い場所であるという理由だけではないのだ。


「イワナの言うことはもっともです。私もミカドからの報せを受け取った時には、戸惑いました。倭国大乱は豫国にとっても憂慮すべき事態。ですが豫国の巫女を送ることが許されるのかどうか。私は、本日の春迎えで大神さまに伺いを立てました」


「そ、それで、何という答えだったのです?!」


 サクヤはイワナ、ククリ、帥大、そしてナルを一瞥すると、目を閉じて形の良い小さな鼻で深く息を吸った。


「『許す。倭国へ巫女を遣わし、女王国を作るが良い』大神さまは、そうお告げになりました」


 一同からおおっと声が上がる。


 その時の一同の顔を、ナルは見逃さなかった。

 まずイワナはぎょっとした様子で口を開け、とにかく告げられた決定が信じられない、受け入れられないといった様子だった。対照的に、帥大や使節の一団はとても晴れやかな笑顔を見せていた。自分たちの念願が叶うのであるから、当然と言えば当然だろう。


 そしてククリは、気持ちを表には出さずただ虚空見ていた。まるで、これから先の事態がどう動くかを、冷静に思案しているようだった。


「ありがとうございます! これで我が国は救われます!」

「ご一同、全ては大神の決定です。何か理由があるのでしょう。しかしわたくしとて、決して晴れやかな気持ちで巫女を送り出すというわけではないのですよ。それは分かっていて下さい」


 サクヤの言葉に、帥大と使節団は改めて叩頭した。


「さあ、さっそく、年長の者を集めて、派遣する巫女の人選や数、倭国での待遇などを決めなくてはなりません。けれど今夜は誰もが儀式で疲れています。全てはまた明日。今夜はみんな休んで下さい」

 村中が騒然とする中、こうして春迎えの一日は終わりを迎えた。


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