第五話 倭国大乱

 その夜の鶴亀の里は、とんでもないざわめきに包まれた。

 ただでさえ春迎えの儀式が終わり、若い巫女たちを始め巫女団の女たちは浮き足立っていたというのに、ここにきて里の外からの想定外の訪問者があったのである。里が騒然とするのは無理もなかった。


 儀式が終わるのを確認した師大は、ナルとナムチに連絡役を頼み、大巫女の許可をとって使節を里の中へと引き入れた。

 数は十三人。そのほとんどが貴人と分かる絹の衣服を纏った格好をしている。豫国風の格好の者も入れば、帥大と同じように体に刺青の入っている者もいる。


 しかし全員が師大の護衛というわけではなさそうで、明らかに無骨な護衛と分かる者もいれば青白い腕力のなさそうなほっそりとした男も五人ほどおり、護衛たちの恭しい態度から、都で政に関わっている者たちだろうナルは思った。

ナルは一行の先頭に立つと道の真ん中を通り、人々の注目を集めながら使節を宮へと導いていた。


 道の両脇には春迎えの日の儀式の一環で、暗闇の中小さな松明が灯されてゆらゆらと揺れている。里の入り口から大宮へと続く、里の誰にとっても平凡なこの長い一本道が、今夜はまるで異界に続く精霊の道のようだった。


 そしてそこを通っているのが、普段は決して里では見ることのない男。そして華麗な衣を纏った都からの使節というのだから、その幽玄で厳かな様はさながら何かの儀式のようでもあり、人々の注目を集めないわけがなかった。


 すでに都から使節が来たという噂は里中に知れ渡っていて、道の脇には若い巫女を中心に人だかりが出来ている。

 今までこんな注目を集めたことの無かったナルは、衆目の中で内心気が気ではなかった。

「良くいらっしゃいました」


 大宮の入り口まで辿り着いた一行に、そう言葉をかけたのは二人の巫女だった。

 ナルの姉のククリと、大巫女であるサクヤの補佐をしているイワナである。門番のように出迎えたこの二人こそ、この里で実質的に大巫女に次ぐ地位の持ち主だった。特にククリは年若いが、巫女としての資質はサクヤが特別目をかけているほどで、他の者の人望も厚いことから、次の大巫女候補とまことしやかに噂されている。

 

 一方、イワナはサクヤよりやや下の老女で、この里に来て数十年の古参である。巫女団の全ての儀式を熟知しているのはもちろん、里の小石の数までも網羅していると言われていたが、現在の大巫女であるサクヤと年が近いこと、巫女としての資質自体は決して高くないことから、次の大巫女にはなれないだろうとうのが、若い巫女達の評価である。

 

 二人も儀式の直後と言うこともあり、冠に白玉(真珠)の首飾りや耳飾りなどを身につけており、普段よりもずっと華やかな身なりだった。


「こちらにお通り下さい。奥でサクヤ様がお待ちです」

 ナルは姉がそう言うと、目で合図を送った。


 特に何も返してこなかったので、この先も同席しても良いということらしい。一方、イワナの方にも目をやると、まるで鬼のような目で睨んで来る。どうやらイワナの方は、内心この状況が不快なようである。ナルはそっと目をそらし、素知らぬ風を装った。


 階段を上がり、心地よい上質な木と香の匂いのする広い部屋に通されると、そこには大巫女であるサクヤが緋色の儀式装束のまま祭壇の前で座っていた。

 歳はすでに五十を超えているというのに、意外にも彼女の髪は黒々としており、横に座った年下のイワナが総白髪なのと比べると、これはいささか奇妙に思えた。顔にはほんのうっすらと皺はあるが、なぜか老いを感じさせることはない雰囲気がある。

瑞々しいというのではない。まるで時が止まっているようなのである。

今夜も大がかりな儀式を終えた後だというのに、彼女の顔には疲労の色は少しもなかった。

 師大は床に膝をつくと、表情を引き締めて厳かに挨拶した。


「お初にお目にかかります。サクヤ姫様におかれましては、春迎えの儀式が滞りなく終えられたとのこと。まずはお祝い申し上げます。私は倭国王の第十三子、帥大。この度、サクヤ姫にたっての願いがあり、豫国王・・・こちらではミカドというのでしたね。ミカドの許しを得て、こちらに伺ったしだいです」


 その言葉に、サクヤは優しく微笑んだ。


「ありがとう。ええ、私は全て分かっていますよ。師大殿、そなたは国のしくみを変えるために、ここにきたのでしょう?」


師大は一瞬、サクヤの言葉に虚を突かれたようだったが、サクヤと刹那見つめ合うと、今度は不敵に笑みを浮かべた。


「これは・・・。さすが豫国の大巫女。もう全て察しがついておられるか」

「察するというのは正確ではありません。分かる、と言った方が正しいかと思います。私には、理由を飛び越えて結果や物事の本質が、何かを思いつくように分かる時があるのです。ですから、師大殿がどのような経緯でここに来たのかというのは、後付けですね。それより先に、そなたが何を望んでここに来たのかということは分かっています」


 師大は全てを飲み込めたという風ではなかったが、なんとか得心したようだった。

ただし、ナルを始め、里で暮らす巫女達にはこれはごく当たり前の感覚であった。程度や精度の差こそあれ、そのような資質を持つ者でなければ、巫女団の巫女はつとまらない。


 明日の天気が分かる時があるし、人の気持ちや過去、時には未来まで「分かる」ことがある。しかしそれがどうして「分かる」のかと言われると、誰も上手く説明は出来ないのだ。


「サクヤ様、わたくし達にも説明して下さいませ。本日の使節の訪問も、サクヤ様は都からの連絡でご存知だったのかも知れませんが、このイワナは何も聞いておりませんでした。この者たちが何の目的でこの聖地にやってきたのか、納得いく理由をお教え下さい」

 

 イワナは憤然と抗議した。元々里のどこで何が起こっているか、誰が何を考えているかを全て知っていなければ我慢ならない質なため、今回のことは相当に不愉快らしい。

 では、自分が説明する、と師大は申し出た。


 「まず、我が倭国が大乱の只中にあるというのは、サクヤ様ならばすでにご存知かと思います。私は倭国の王子として、これを鎮めなければなりません。しかし、兄や弟たちとその方法を考えましたが、誰も良い案は浮かびませんでした。そんな時、私はこの豫国の政のあり方を知ったのです」


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