第二話 ククリ
ナルの姉のククリは、すでに巫女団の幹部だった。まだ若いが大巫女であるサクヤの評価も高く、今日の儀式では重要な役割も与えられている。
美しく優しく、おまけに巫女としての資質も高い。自分より五つ年上のククリは、ナルの自慢だった。そもそもこの姉がいたから、ナルも巫女という生き方に辿り着いたのである。それほど、ククリはナルにとって生きる指針だった。
その姉は慌ただしい大宮を抜け出して駆けつけると、家の外からで死んだ男を確認した後、青ざめた顔でナルを見やった。
「なんてことに・・・。とんでもないことになったわ。あなたは、自分がどれほどの事をしでかしたか分かっていないでしょう・・・いえ、もちろんあなたの行動自体は悪くないの。里に入り、勝手に巫女の家に上がり込んで、食べ物を漁っていたのだもの。大声で威嚇した事を、誰も責めることなど出来やしない」
姉のその言葉を聞いて、ナルはやっと深く息をすることが出来た。突然の出来事に狼狽えながらも、目の前で人が死んだ衝撃や、自分が死なせてしまったのではないかという罪悪感がずっと頭を支配していたのだ。
相手に触れてもいないのだから、絶対に自分は悪くないという考えもあれば、理由はどうであれ、自分が相手に死ぬきっかけを与えてしまったのではないかという不安が、頭の中にあった。
「でも、日が悪すぎる。今日は昼と夜とが同じ長さになる春迎えの日。この日、里の外から来た者がどういう存在か分かっているでしょ?」
ナルははっとして両手で口を押さえした。姉に言われて初めて、ナルはようやく事態の重大さが分かってきた。これは、ただ迷い人が家で死んだというだけの話ではない。
普段、この里は外界からはほとんど隔離されている。この豫国の都と言えば西になるが、国の要である巫女団があり、大巫女の大宮があるのはこの鶴亀の里である。豫国の大神が宿る霊山に築かれたこの里は、豫国の聖地であった。
外界との接触も極力禁じられており、都の王族であっても、そう易々と入る事が許されない場所なのだ。
しかし、それでもこの春迎えの日は違う。
年に数度ある今日のような日、外からの来訪者は真実異界から来た者とされる。そして特別な日に異界から来た彼らは、神同様の歓待を受けるしきたりになっていた。
すなわちこの日に限っては、里に迷い込んだ来訪者は神なのである。その男がナルの家に迷い込み、死んでしまった。言いようによっては死なせてしまった。これがただですむはずがない。
「私は・・・異界の神様を死なせてしまったということになるの?」
ククリはその問いには答えず、睫を伏せたまま思考した。
「こんな事、かつて無かった事よ。どうなるのか私にも想像もつかない。きっとサクヤ様のご判断次第だと思うけど・・・。とにかくどうにかしないと」
「私、サクヤ様に全てを話す。それでサクヤ様のご判断に全てをお任せする」
「それはダメよ」
意を決して言ったナルの言葉を、ククリははっきりと否定した。
「気持ちは分かるけど、それはだめ。この里にいられなくなるわ。それだけじゃない、こんな禍事を、春迎えの祭祀の準備をしている大巫女様の耳に入れてごらんなさい。儀式自体に支障を起こしかねないわ。ナル、あなたが正直に全てを話したい気持ちは分かるけれど、それは春迎えの祭祀が終わってからの事でなければ。それから、あなたは祭祀には参加してはだめよ。穢れに関わったのなら、極力他の巫女との接触も避けて。儀式までそんなに時間が無いわ。・・・私も、すぐに川に行って身を清めなければならない」
姉の申し訳なさそうな顔を見て、ナルは悟った。少なくとも、春迎えの祭祀が終わるまで、これは自分一人で抱えなくてはいけないことなのだ。誰の力も借りられない。
ナルは先ほどとは別の覚悟を決めた。
「私は・・・なにをしていればいい?」
「とりあえず、その男は甕に入れて、人気のないところに埋めてしまいなさい。儀式が終わりさえすれば、私がサクヤ様に事情を話してあなたを守るから。この男に真心を込めた弔いも忘れないでね」
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