第三話 ナムチ

 ナルはすでに甕を穴に埋めて土をかぶせる作業に入っていた。自分でも、よくこれだけの大仕事を一人で出来たと思う。汗まみれになった体を夜風が冷やしたが、構わない。かえって頭が冷えて良いと思った。

 

 ナルはふと月を見上げ、思い切り夜気を肺に吸い込んだ。

 先ほどまではもう無我夢中だったが、今は今日起きたことを整理する余裕も出来はじめていた。


 今朝起きたことは、不運な事故だ。誰にも悪意があったわけではなく、迷い人は空腹のあまり他人の家に侵入して食べ物を食べていただけだし、自分もそれに驚いて怒鳴りつけただけである。みなそれぞれ自然な行動をして、このような結果になってしまった。

 この男にも、全てが終わったら巫女団に頼んできちんとした弔いをしてあげたいとナルは思っていた。

 

 そこまで考えてナルは、今、山の頂で行われている春迎えの儀式のことに思いを馳せた。年に数度しか行われない大きな儀式への参加は、巫女にとって最高の経験である。特に春迎えの祭祀は厳かな事に加え、笛や太鼓の音色、豪華な供物。その場に自然と満ちる春の華やかさも、若い巫女たちの楽しみの一つだった。


 特に霊力が高い者は、この日里にやってくる御魂の光を見る事ができる。まるで天空の星々が降りてきたかのような、あるいは、自分が星々の川を渡っているようなそんな心地にさせるらしい。ナルはまだ御魂が見えるわけではなかったが、それでも今自分の周りに無数の輝く御魂が漂っていると想像するだけでそれは素晴らしいことだった。


  (春迎えの日は、春を、そして異界の神を迎える日だというのに。私は死者を送っている。陰気だな。でも、何かを迎えるのなら、何かを送るという行為も必要となってくるのではないかしら)


 そんなとりとめのない事を考えていた時、近くで誰かが小枝を踏む音が聞こえた。

ナルは瞬時に全身で警戒し、さっと音の方向に顔を向けた。そこには影があり、それが獣の類ではなく人のものであるという事は息づかいでもすぐに分かった。


 輝く月の光に照らされ、木立の影から相手の顔が現れる。


 少し大きいが、激しさを隠した獣のような黒い瞳。整った顔立ちをしているので、一瞬少女かと思ったが、背の高さや体の線がそうではないことを証明している。

 男だ、とナルは思った。幼い頃、自分の住んでいた村で見た記憶があった。

 

 それは、ナルとよく似た歳の少年だった。

 

 ナルは突然現れた異性に内心狼狽えながらも、声を出すことが出来ず少年と見つめ合った。少年の方も警戒しているようである。

 まるで、今朝の出来事の立場が逆になって再現されているようだった。しかし今朝と様子が違うのは、なぜか少年の瞳に吸い込まれるような感覚があり、そうかと思うと胸が熱くなってくるのを感じていることだ。

これは、ナルが今まで感じたことのないものだった。


「お前・・・こんなところで何してるんだ?」


 しばらくの沈黙の後に、少年の方が口を開いた。


「え・・・えっと・・・ひ、人の死体を埋めているの」

 二人の間に、夜の鳥の声が響きいた。


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