胎動 2019.3.31

ぼくは優秀な遺伝子だ、

隣の家の、

女が言った。


産まれたばかりの

ちのみごだ。

瞳の奥に潜むのは、

数百人もの

溺死体であって、

「かなしいんだねえ」


乳頭に飽きてしまった頃、

男の手を引いて、

ベッドを探しに

出かけるだろう。


(赤い屋根

際限もなく赤の並んだ

 代り映えもない、

父と母が座布団に座っている、

町を残して)


わたしは優秀な遺伝子だ、

ふっくらとしたお腹をさする、

女が言った。


百点の人生を望んだ割には

そうそう上手くも行かなくて、

六十点くらいであろう、

どこか愛嬌のある

男の手を引いて、

「百点の人生を生きてね」

と、お腹をさする。


子宮の壁で死滅した

数百もの溺死体を思って、

女は言った。


私はまだ、あの頃と同じ家に

暮らしている。

隣の家には、

もう誰もいない

……。

成熟した期待を一身に受けて、

胎動の終わる頃には

私の知らないどこかでまた屋根が

ひとつ、

増えるのだろう。


そうやって吸い込んだ息と一緒に、

私はゆっくり

死体の列に、並んでいく。

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